Part2 魔法少女!?
「やべぇな……」
どれだけめちゃくちゃに走ったのかわからないが、夜で周りの景色がよくわからないというのもあって俺はすっかり道に迷っていた。住宅街みたいだけど、どこだよここ。
真夜中なので歩行者や対向車はいないに等しく、事故が起きなかったのは幸いだった。
あのツインテールの少女はうまく巻けたみたいで追いかけてくる気配はない。
しっかしいくらタクシードライバーになってまだ日が浅いとは言え、もっと土地勘をつけないとな……。なんて個人の反省はさておき、後部座席で体育座りをし、未だに小刻みに震えている少女に声をかける。
「大丈夫かい?」
「はい……本当にありがとうございます。あの……、巻き込んでしまってすみません……」
「いやいや、いいって」
「私といる限り、あなたも狙われると思います。無関係のあなたに危害を与えるわけにはいきません。ここで降ろしてください」
「いや、今降ろしたら危険じゃないか?あいつに狙われているんだろ?」
「私なら大丈夫です。どうか私の事は忘れてあなたは元の生活に戻ってください」
明らかに嘘だろう。だって彼女は怪我こそしてないが、まだ震えが止まらないようだし、声もか細くて弱っているように見える。
「断る」
「えっ……」
びっくりしたような彼女の声。俺はそんな彼女に自分の意志が伝わるようしっかりと言う。
「こんな暗い夜道に君のような女の子を一人置いていくのは男として、まず人間として気が引ける。そんなことできるわけないだろ?それに君は今明らかに困ってるようじゃないか。さっき、俺に『助けて』とも言っただろ?そんな子を置いておくなんて残酷なこと俺にはできないよ」
黙っている彼女へ俺は続ける。
「何か俺にも手伝えることがあったら言ってほしい。俺は、君の助けになりたい」
彼女は何か思案しているようだった。やがて、顔を上げると言った。
「もしかしたら二度と元の世界に帰れなくなるかもしれませんよ?」
「構わないよ」
「本当に……いいんですか?」
訝しむような彼女の顔。
「ああ、いいんだ本当に」
どうせこの世界に大切なものなんてない。
そっと心の中で付け足す。
「じゃあ私はあなたに助けを求めます。杖を取られてしまったので、今私の魔力はほとんど失われているんです。移動手段も歩くしかなくて……。あなたがこの乗り物で移動を手伝ってくれればすごく助かります」
嬉しそうに言う彼女。もうその声に震えはなかった。少しでも元気になってくれたみたいだ。
「良かった。ええと、それで君は……?」
話もまとまったところで、さっきから密かに気になっていた一つである、彼女の正体をそれとなく訊くことにした。彼女から返ってきたのは驚くべき答えだった。
「あ、はい。自己紹介がまだでしたね。私は……ええと、名前はないので適当に読んでもらえれば」
そうかそうか適当にか。どんな名前が良いかな……っていやいや、ちょっと待って。
「名前がないとはどういうことだ!?」
「私たちは身内としか会話をしないので名前がなくても大丈夫なんです。現に、私が身内以外と会話したのもあなたが初めてです」
言っている意味がわからない。
「えっと…………?何で?」
困惑する俺に、彼女は衝撃的な一言を口にする。
「そうですね、私はこの世界の言語で言えば“魔法少女”だからです」
「魔法少女!?」
急に何を言い出すんだ!?
びっくりして思いっきりハンドルを切ってしまった。車ががくんと大きく傾く。
「きゃっ」
「うぉっ」
咄嗟の判断で何とか体勢を立て直す。
びっくりした。冗談じゃないよな?
魔法少女ってあの、街を脅かす悪者と戦う女の子だけど変身前はごく普通の女の子で正体は誰も知らないっていうあれだろ!?
「いやちょっと待って、俺は生まれたときからこの街にはどう考えても魔法少女が現れるような――謎の怪物が現れたり、悪の組織が街を占拠したりなんていうシチュエーションになったような記憶はないんだけど!?」
「はい。当然ですよ。だってそうならないために私たちがいるんですから」
突然のことに取り乱す俺が面白かったのか、笑い混じりで答えてくれる彼女。
「というと?例えば、街を悪で染めようとする組織が秘密裏に動いていたとしても事前に君が察知して被害が出ない内に殲滅しているってことか?」
「そんな感じです。もっとも、私たちが活動しているのはこの世界ではないんですが。こことは別の、私たちが生まれた世界で、この世界に悪いものが流れ込まないようにする仕事をしています」
「え!?君は人間じゃないの!?」
「はい。だから私は魔法少女です」
いや、そうじゃなくってさ。
「魔法少女って普通は人間じゃないのか?変身して人間から魔法少女になるんじゃないのか?」
「いえ、私は生まれながらの魔法少女です」
ううーむ……いまいちよく呑み込めない……。生まれつき魔法少女ってどういうことだよ。変身しない魔法少女ってそれは果たして魔法少女と言えるのか?
俺の腑に落ちない様子に気づいたのか、彼女は申し訳なさそうに言う。
「すみません……信じてもらえない……ですよね?私……今は全然魔力ないですし、疑われても仕方ないですよね」
「……え!?いやいや、そんなことは全然!」
慌てて取り繕うように言うも、彼女は思うところがあるのか黙ってしまい、気まずい空気が車内に流れた。
「あ、あのさ」
それを取り払うように俺は話題を微妙に変え、会話を仕切りなおそうとする。
「それで、君は魔法少女でこことは違う世界で戦ってるんだよな?」
「はい」
「戦うって具体的には何と戦ってるんだ?あのツインテールが君の敵なのか?」
「あ……いえ、あの方は……」
しかし彼女は言いづらそうにどもってしまった。しまった、この話題は触れちゃマズかったか?いやでも敵を知らないと協力するにもできないしな……。ううむ、どうしよう。
再び、沈黙が訪れる中、俺は夜の住宅街の中にあるものを発見した。
それはすっかり夜の闇に染まり、木々が、草が不気味な影を落としている中、煌々と人工的な輝きを発する白い光を放つ建物。つまり、公園に備え付けられている公衆トイレ。
ここで、俺は先ほどの諸々の出来事ですっかり忘れていたのだが、自分はトイレに行きたかったのだと思い出す。思い出したらそれまでは全く気にならなかったのに急にトイレに行きたくなってきた……。
「ねえ、ちょっとトイレに行ってもいいかな?」
会話の途中なのに申し訳ないと思いつつも、俺は彼女に申し出た。
「構わないです、けど……」
彼女はそんな俺の急な言葉に少し面食らった顔をし、そのまま頷いた。
よし。そうと決まれば早く目的地にまで行かなければ。なんか気にし始めたらもう止まらなくて、あと数分でゴールインしそうな気がしてきた……。
公園に着くと、彼女を車に残してトイレへ。用を足してスッキリとした爽快感を噛みしめながらトイレを出ると、目の前には今ここにいるはずのない、つい先ほど見たばかりの人影があった。
「待ってたわよ」
驚きで思考が停止する。
何で……ここにいるんだ?上手く巻けたと思ったのに。
「危害を与える気はないわ。安心しなさい、人間。ただ私はちょっとあなたにききたいことがあるだけ」
暗闇でもはっきりと見て取れる凶悪な笑み。本人は抑えてるつもりなんだろうけどそれでも体からわずかに出ている輝き。俺に話しかけるその人物こそ、つい数分前に話題に上った、未だ俺にとっては正体不明の、先ほど俺と車に残してきたあの子を襲った、敵と思わしきツインテールの少女なのであった。