雷に触れる
無口な少年。
彼は語らず騒がす、病院の一室で死を迎えようとしていた。
だが、それより先に。
彼に寄り添っていた、少女の大きな目が閉じ、二度と開くことはなかった。
二人は死の床で手をつないでいた。
無口な少年には好きな女の子が居ました。
目が大きい可愛い女の子。
少女の目は学校中の注目の的でした。
誰もが彼女を振り返り。
家に帰り、鏡で自分の姿を見つめなおしていました。
無口な少年はどうにかして自分の思いを伝えたい。
自分が君の事が好きなんだ。
冗談じゃなくて、口からでまかせなんかじゃなくて。
軽い意味じゃなくて、変な意味じゃなくて・・・。
少年は言葉の複雑さを呪いました。
少年は友達に相談しました。
慌てすぎて言葉が出ず、身振り手振りだけになってしまいましたが。
友達は少年の言いたい事を理解しました。
実は彼の耳に入ってくる噂で知っていたのです。
彼は本当に大きな耳をしていました。
大きな耳の友達は言いました。
「電子の力を借りればいい」
携帯のメールなどで告白すればいいと言いました。
しかし無口な少年の家は貧乏でした。
少年は言葉に詰まりました。
「人間の脳も電気信号で情報が構成されてるそうだ」
友達は大きな耳で捕えてきた情報を言いました。
「その脳の電子情報を相手の脳に直接送り込めれば・・・」
二人は誰にも聞かれぬように相談をしました。
そしてある雷雲うごめく雨の日。
大きな耳の友達は目の大きい少女を呼び出しました。
二人は公園へ。
少女が公園の小高い丘を見るとそこには。
避雷針を背負いコイルを体中に巻いた少年の姿でした。
かなりマヌケな格好の少年は真剣な眼差しで、少女を見ていました。
だが、口は閉じたままでした。
二人は相談したのです。
カミナリを使って感電して。
雨を伝って通電させれば、その思いは電気となって届くのではないかと。
友達はいつの間にか消え。
少女の目は見開いたまま、その姿を凝視していました。
そして運良く。
カミナリが落ち。
少年に当たり。
少女は少年の崩れ落ちる姿を見ました。
ただ、運が悪かったのは、少女がゴム長靴をはいていたことです。
無口な少年は何も見えなくなり、何も聞えなくなり。
二度としゃべることが出来なくなりました。
病院で意識が回復しない少年。
そんな彼に対する噂、それは笑い声でした。
馬鹿なことをした奴と。
みんなが笑っていました。
今まで口を開けて笑ったことがなかった。
無口な少年の分まで笑っているようでした。
大きな耳の友達は。
耳に入ってくる笑い声が心苦しくて。
耳を引きちぎりたい衝動に駆られました。
しかし彼の大きな耳に入らない。
ある出来事が起こっていたのです。
あの目の大きい少女が。
誰の目にも見られぬように、少年をずっと看護していたのです。
好きになったのか、哀れみなのか、気まぐれなのか。
彼女の懸命になって少年を看護するその姿を見れば。
そんな事はどうでもいいことなのでしょう。
しかし。
彼女の目には大きなクマができ。
看護で疲労がたまり、見るからにやせ細っていきました。
やがて。
病室で。
無言の少年を見ながら。
彼の手をギュッと握り。
ゆっくりとその大きな目を閉じました。
少女が目を瞑った瞬間。
少年の無言の口が開きました。
手をつないだ時、少女の最後の思いが少年に伝わったのです。
電気信号のように。
少年の意識を覚ましました。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
少年は何かを言いたくて言いたくて。
伝えたくて伝えたくて。
がんばって、がんばって。
最後の言葉を・・・。
少年は口を閉じ。
閃光のような生涯を閉じました。
大雨。
あの時のように、カミナリ雲が渦巻いて来ました。
大きな耳の友達がお見舞いに病院を訪れ。
病室のドアを開け、手をつなぎ合っている二人の幸せそうな姿を見た。
笑い声さえ聞えるような感じがした
ただ、それは幻聴で・・・
カツカツとかかとを鳴らす音が聞え。
病室に医者と看護婦が入ってきた。
医者は友達を見て「ふんッ」と鼻を鳴らした。
とても大きな鼻をしていた。
医者は少年と少女を調べ始めた。
奴は人の死臭を嗅いでいる。
「ふんッ」
鼻を威勢良く鳴らし。
医者は二人の手を無理やり離そうとした。
耳の大きい友達は。
医者を突き飛ばし、看護婦共々病室から追い出した。
彼は病室にバリケードを作り。
二人を守るために立てこもった。
雨の勢いがだんだん増してきて。
でも、それに負けないぐらいのサイレンの音が聞える。
説得の声が聞こえる。
脅しの声が聞こえる。
野次馬の声が聞こえる。
それ以上に。
二人の笑い声が聞える。
耳の大きい友達は、病室の窓から言い放った。
「もう少しッ! もう少しだけでいいですから・・・
二人をこのままにさせてあげて下さい。
無口な彼の声がッ! 彼の笑い声がやっと聞けたのです・・・
ほんのもう少しなんです。
どうか・・・幸せをそのままに」
雨音と、渦巻く雷鳴で。
彼の声は誰の耳にも入らなかった。
バリケードを打ち破る音。
人がなだれ込む音。
耳の大きい友達の涙の音。
彼が外へ引きずり出される音。
野次馬の罵倒の音。
カミナリ
音を全てかき消す、大音響が鳴り響き。
そこに居る全ての人が空を見上げた。
警察も野次馬も医者も看護婦も病人も。
小さな雲の隙間。
天国へ上る二人の姿を。
誰もが見たはずだ。
耳の大きい友達は。
雨音を聞きながらその日夢を見ました。
無口な少年と目の大きい女の子が。
普通に出会って。
恋人同士になって。
結婚して。
子供が生まれて。
幸せな老後を迎えて・・・。
どうかその夢が覚めぬよう。
おやすみなさい。