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薬師倫太郎臨床心理事務所  作者: ひめるぎ みこと
9/10

薬師倫太郎臨床心理事務所01/WPK(ワーキングプア警備員)//08ゆうきくんは許してくれないかもしれない…



彼女の口は、静かにこの台詞をくり返していた。

山手線外回りの出入り口に立ったまま、あたかも呪詛のように…





「こんなに働いてるのに…オレ、間違ってるか…なぁ…オレ、何か会社に悪いことしたか…あいつら殺してやる!……」






こんなことをしたら、ゆうきくんは許してくれないかもしれない。

でも、今は他に何も考えられない。





12月16日、河内警備士の事故から4日後。

髪は乱れて化粧もしていない。


携帯は何度となく呼出し音が鳴っていたが、出る気はないようだ。

彼女は元々清楚な美形であったため、化粧なしのほつれ髪も、本来の彼女の素顔を、そこいらの普通のお姉さん程度に見せているだけだった。

思考力のなくなった彼女のコスチュームは、黒のロングスカートのゴスロリ。

11月のかなり寒くなった日に珍しく映画を二人で観に行った時に、彼が『なんだかすげぇ可愛い』といってくれた服だった。

彼女の意識の中に、その言葉だけが鮮やかに残っていた。

貧しくても、いっしょに力を合わせて生活してゆくことを誓った彼だった。

その日、彼女の心はコンクリートで固められたかのように重くなっていた。

朝、身体を起こすのさえ困難だ。

いや、身体を起こせて、服が着れて、ここまで来れた事事態不思議だった。

自分の身体が何かに自動操縦されているような気はしていたのは確かだ。

しかしそれに抗って、自分を取り戻そうなどという考えは破壊されていた。

頼りないながらも理解者としてあてにできそうな男性の事故、という喪失感が、本来なら抗鬱剤の服用も緊急で推奨されるほどの鬱に彼女を押し込めていた。


『河内くんが事故に会った』…テレビの雑音のような感じで聞いていた記憶だけはある。


そうして…“なんとなく”…『こんなに働いてるのに…オレ、間違ってるか…なぁ…オレ、何か会社に悪いことしたか…あいつら殺してやる!……』という言葉が、彼女の頭の中に投げ込まれていた。理由などわからない。


こんなにはっきりした言葉が、何故言葉に書きだせるほどにまとまって頭の中に現れてくるのか?


時々“そんな感じになる”のはわかっていたから、これは急性の欝だとわりきっていた。

しかし、心の底からすべての色が失われてしまうような喪失感に彼女は抗うことができず、

ただなすがままに思考力さえ失われていくのを唖然としてみているばかりだった。

無断欠勤を重ねて、すでに勤務規定違反で数万円の罰金が彼女には課金されている。

その通告メールも10数件携帯には着信していた。

すべて彼女には関心の無いことだった。



“ そこ ”にあるのは行き止まりの壁。



この壁を乗り越えるには“あいつら”を殺すしかない。

彼女のショルダーバッグには刃渡り20cmの包丁が入っていた。

それと社内報の切り抜き



『極楽大平警備保証社内報:パトリオット、12月号』

『2010年12月12日、河内有樹23才は、使用を禁じている原付き車両で、千石二丁目交差点で事故。クライアントからの損害賠償請求有り…』




上野駅に着く。ホームを出た。彼女は、そのまま極楽大平警備保証城北支社へ向かう…





幡ヶ谷署駐車場、倫太郎はps-250にまたがったまま携帯を開いた。

すぐ脇には、高御門警部と澄眠巡査部長が、改造プリウス(覆面パトカー)で同行待機。

木村巡査が重機動ZOOMERで随伴。


倫太郎は携帯に怒鳴った!___「凛ちゃん、葵菜さんと連絡はとれたか?」


『だめ、今日は09:00にアポイント入ってるのに、すっぽかし!始めてよ、こんなのっ!』

無断でカウンセラー(凛ちゃん)をすっぽかした女性の行動の意味に何があるか、倫太郎は有能な婚約者に次の質問を提供する事で探った。

「河内くんの事故の件、葵菜さん、知ってるよな?」


異常事態だ。___『あ!…』受話器の向こうの凛ちゃんは悲鳴をあげた。


「城北支社へすぐ向かってくれ、私もすぐ向かう、幡ヶ谷署の木村ちゃんに聞いた事故現場の話だと、葵菜さん、河内くんに“乗っ取られてる”可能性が高い!」

『ひ…』

「意識不明になる直前“殺してやる”と叫んだそうだ、あの大人しい河内くんがな、“殺してやりたい”のは当然極楽泰平警備の経営者だろうがな。」

『よっぽどのことね、二人のつき合いの深さからしたら、葵菜さん霊媒体質だし絶対考えられる、あたし、すぐ向かうわ!』

「倫太郎くん、あたし、本格的に動くわよ。」

薬師倫太郎臨床心理事務所開設時から連携作戦をとってきた熟女警部は、改造プリウスの窓から力強い支援を表明する。

「お願いします。」




城北支社前駐車場、社長の(砲座:機関砲無し)ハマー到着。

「御苦労さまっす」

ばん、ドアが開く

同刃会(どうじんかい)さん(広域指定暴力団系列企業舎弟)の歌舞伎町友愛クラブの評価はどうだ、支社長?」

今日の神谷金太郎代表取締役は、迷彩服だ。

「は!葵菜沙耶華は特優であります。」

「ふむ、」


続いて、幡ヶ谷署、改造プリウス(高御門、澄眠)、機動ZOOMER(木村)、倫太郎のps250の順で止まる。

迷彩服の代表取締役は、支社長以下その取り巻きといっしょに、事務の女の子に油をうっている。

支社の中にある受け付けの女子事務員が、駐車場にいきなり慌ただしく何台も停車したので、何ごとかと外に出てきた。





「凛ちゃん、今どこだ?葵菜さん、まだ来てないぞ!」

『あと、数分!、葵菜さん家確認したら、11:30頃出たって話だから、もう着いてるかも…』

「なんだと…」





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