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薬師倫太郎臨床心理事務所  作者: ひめるぎ みこと
7/10

薬師倫太郎臨床心理事務所01/WPK(ワーキングプア警備員)//06勤務規定遵守要項


「はい、河内さん、給料。」

手渡された封筒には、


極楽大平警備保証株式会社 11月27日支払分給与  河内勇樹殿


毎週月曜日が週払い給料の受け取り日だ。

「じゃ、確かめたらここにハンコして。」

札は、すべて古びて汚れ切った千円札ばかり。手書きの賃金明細書を広げてみた。




『11月27日支払い分稼動状況 11月13日から11月19日まで 支払い総額 七日分_35000円』




“7日…7日働き詰めで35000円!…時給で625円…交通費だってかかっているのに…”

「あの?…」

「どうした?」

「あの石川郵便局第一出張所って茨城県の取手のはずれにあるんで、交通費メモしといたんですけど、」

「どれ、一週間で合計17400円か、これは出せないよ。」

「え!?…」

「ほら、これ忘れたのか、ここに、おまえのサインがあるだろう」

その男は、彼に擦り切れたコピー用紙を取り出して見せる。

ネームプレートには、

 


極楽太平警備保証城東支社長 肥前印 孝之ひぜんいんたかゆき

 


そのコピー用紙のタイトルは、 【勤務規定遵守要項】  その内容は、



私は以下の項目を遵守することを誓います。

署名 河内勇樹 印


・内勤者の指示には素直に従います

・法定書類の規定には素直に従います

・業務の質的向上のための罰金制度には異を唱えません

・社長の意向を理解し実践し ます 

・業務上の疑問点はまっ先に内勤者に相談します

・社内の恥を世間に公表することはしません

・社内生活費貸付制度を積極的に活用し生活改善に努力します

・宗教の布教活動はしません

・労働組合活動はしません



オレは、身体中の力が抜けていくのを感じていた。

そして、たった今、これにサインした事を思い出していた。

会社の言うことだから、



“じゃ、これサインして”



と言われては、単純に信じてそのままにしていただけだ。

今の今まできれいさっぱり忘れていた。

確かに、何のサインか確かめようとしなかったオレにも責任はあるが、疲れてふらふらになって事務所に給料取りに来て、事務所の人間は、


『はいお疲れのところ申し訳ないけどこれは○○のサインだからね』


などと詳しく説明してくれる事なんか絶対にない。

それに、たいがい、くたくたにくたびれてるから、読んでらんない!


「んあ!?こういう厳しい現場で頑張ってるのはおまえだけじゃないんだ、そんな甘えたこと言ってどうする、えぇ!」

「あ…」

「何か、おまえは、勤務規則を改定しろ、とでも言いたいわけ、ん?」

「あ、…」

「河内、おまえはまだまだ警備のことわかってない。だから郵便局立哨に回したんだ。つべこべ言うんじゃない!」 

「そ、そんな…」

「組織はな、おまえみたいな小さい泣き言にかまっていたら立ち行かなくなるんだよっ、会社がなぁ、10万の利益あげんのに30万の経費がかかってんだ、わかってんのか?」



ばんっ!       肥前印支社長は机を叩いた。



「あ、う…」


30万円などというお金は、オレにとっては手の届かない大金だ。

そんなお金を“稼ぐのが大変だ”といわれたら、素直に信じるしかない。


「それから河内、お前、最近、葵菜警備士とつきあってるそうだが、自重しろよ、葵菜警備士は社長秘書候補だからな!」

「え?」


支社長の台詞は高圧的だった。口元には笑みすら浮かんでいる。

この男は、『指導』と称してこのような会話を楽しんでいるのか。


「わかったら、さ、次」


見れば、さして広くもない事務所の中に、制服の上に私物のジャンパーをひっかけただけの同僚が他に3人いる。

男2人に、女1人。ガンっ、誰かが壁を思いきり蹴飛ばした。

支社長は、その激しい音を別に気にも止めない様子だった。



オレは支社を出て、すぐ葵菜さんに携帯で連絡を取った。

「もしもし、あ、葵菜さん、ねぇ葵菜さんて、社長秘書候補なの?」

『うそ、誰、そんなこと言ったの?』

「支社長!」

『…』

「おかしいじゃん!」

『あたしねぇ、カウンセラーのところへこれから行ってくる、あたしさ、記憶喪失になってるらしいんだ。』

「記憶喪失!」

『そう…六月二十日あたりの記憶がまるで無いの…』

「どうして?何かあったの?」

『わからない、でも警察の人がついててくれるから』

「そう、じゃよかった、連絡待ってるからね、気をつけてね。」

『了解で~す』



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