薬師倫太郎臨床心理事務所01/WPK(ワーキングプア警備員)//05葵名さんとうちあげ
オレは今週分の給料をもらって事務所を出た。
上野、下町風俗資料館のすぐ近く、桜水産で葵菜さんと二人だけで打ち上げ。
なんだかすっごく嬉しいな。
(ほんとに女性隊員み~んな辞めちゃってさ、葵菜さんしかいないんだよ…彼女、芯は強い人なんじゃないかなとオレは思う)
「為川さんさぁ、アパートで餓死してたらしい…」
「うそ!」
オレはテーブルについて、重大な近況を伝えた。
「支社の人が教えてくれた。」
「為川さん…餓死…うそでしょぉ」
「為川さんの内縁の奥さんと子供さん、為川さんの休業保証の交渉にいったらさ、
不純な男女関係にある人間に会社が業務妨害をうけたって、逆に会社から訴えられたらしい。」
「マジ?それ?」
「オレも詳しくはわかんねぇ、警察が来たらしいけどね…奥さん、これ以上迷惑かけられない、ってショックうけて実家へ帰っちゃったんだって…」
「じゃ、それからほったらかしにされて為川さん…」
「かも…」
「あたしさぁ、あれから文京区のスーパーに現場変えになっちゃってさ、」
「あの時、現任の後、どうしちゃったんです?オレ、違う日だったけど、噂に聞いてすごく心配しちゃった。」
「ありがと…よくわかんないの、記憶が無くて…」
「え?…それってやばいじゃん!」
オレは心配した。
「…うん、カウンセラーのところ通ってんだけどね、」
「どうしたの、その包帯姿、」
「えへ、あたし、霊感、強いんだ。」
「へ!?」
「昨日の夜、みちゃってさ」
「え~~~~!」
「あわてて壁にぶつかって怪我しちゃったぁ。」
オレは、ほんとに心配した。
でも明るく話す葵菜さんを見てたら、今日は飲むしかないな、と思う。だってオレ霊感強くないしぃ…
「ねぇ、警備の仕事って辛くない?」
オレはいろいろあると思うんで、まず彼女に聞いてみる。
「ううん、仕事自体は好き。いろんな人と出会えるし、制服着られるってのも意外と好きなの。」
葵菜さんは、笑って応えてくれる。
「ふ~ん」
「この間さ、電波塔か何かの警備をするから、と言われて二時間半車に乗っけられて千葉の山ん中まで連れていかれたんだけど」
「へぇ、狸とかいなかった?」
葵菜さんの瞳はきらきら光ってる!
「いなかった、でも、やたら威張ってたあの隊長は狸みたいだったな、オレより5センチは背が低いデブ、
キンキン声でぇ
『身なりは清潔に』
なんて標語ベタベタ支社行くと貼ってあるくせに、このデブ、無精髭じょりじょりで、汗臭い…」
「あ、嫌…」
「でね、そのデブがオレに気合い入れるわけ、
『河内警備士はここを巡回立哨し、一時間に一回、異常なき旨を報告せよ!』
『復唱します!私、河内警備士はここを巡回立哨し、一時間に一回、異常なき旨を報告します!』
『河内警備士、腕が下がってる。』
五回もやり直しさせられたんだよ。」
「ぐっ…」
「あげくのはてにさ、
『テロとの戦いで、そんなことでは、お客様の身体生命の安全は確保出来んぞ!』
だって。」
「ばっかじゃないの!?…その無精髭ジョリジョリ汗臭デブ、『与謝野』っていうらしいわよ。」
「へぇ」
「そういえばさ、サンライフ丸木屋でボヤ騒ぎがあったって?」
「あったあった!あれもひどい話ね、」
「うん」
「いろいろ言われたんだけどさ。」
「『オレ達は消火栓の扱い方の講習なんか受けたこと無いし、講習がどうこう言う前に、いつも仕事仕事仕事で、休みとったら悪いような言い方されるじゃないですか…』ってはっきり言ってやったよ。」
「やったじゃん。」
葵菜さんに誉めてもらえるなんて、
すごく嬉しいな…
「無精髭じょりじょりでさ、デブの警備員の吸血鬼なんていたら面白いな」
オレはとっさに思い付いたことを口にした。
だって今日のキーワードは“霊感”でしょ?
「きゃははは、そういえばさ、吸血鬼まんがって、結構面白いものあるよねぇ」
「葵菜さんはまんが読むの?」
「読むよ!、生おかわりいっちゃおうか?」
「うん。」
オレは、生を1/3くらい飲み干して、
溜まっていたことを吐き出した。
「為川さんさ、 “ 俺こんな仕事しかできないから ” って言ってたけど、怪我して餓死しちゃったら、人生やってらんないよ。」
「仕事、辞める?」
「でも、オレ、学歴無いし、下手したらあっという間にネットカフェ難民だし…」
「そうか、でもさ、吸血鬼みたいな人間がいる職場ってのもどうなのかしらねぇ…」
上野駅、山の手線(外回り)電車に乗る。
「あたし、疲れちゃった…」
彼女はいきなりオレに言う。
「今日、ゆうきくんの家、泊まってもいい?」
「えぇ!?…………………う、うん!」
これって誘ってるのかな。
でもこの表情、違うよな、どうしよう…
葵菜さんはいつもは京浜東北線に乗るんだけど、
今日はオレと一緒に池袋で乗り換えて、そのまま西武池袋線に乗った。
「疲れた…」「オレも…」彼女は寄り掛かってくる。
オレはそのまま支えた。
「このままいてもいいよ、」
「うん」「おなかすいたな」「うん」
すー…、電車の音をバックに彼女は寝ていた。
オレわかんない…でもさぁ、こういう時って支えるしかないんじゃないの?
…電気をつける。散らかったオレの部屋。
いきなり?…仕方ないじゃん。
オレ達二人、ずっと黙ったままだったし。
書くことなんか無いよ…
オレはちらかったソファの上をかたずけて、葵菜さんの座るスペースを作ってあげる。
「ねぇ、シャワー浴びていいかな」
どきん……
「いいよ、ゆっくり浴びていいよ」
オレは、予期しない彼女の台詞でなんだか目がまわりそうになっていた。
いや、完全に目がまわってる。
次、オレは何をすればいいんだろう。これはもしかして何かの間違いなのでは?…
彼女は立ち上がる。
ゆっくりとドアに手をかけた。
オレは彼女を見届けると、スペースを作る作業を続けた。そしたら…
「う、う…う、うっっっぁ~~~ん…」
うぁっちゃ!大きな声!
「う、うううう、うああぁ…」
彼女は服を着たまま、風呂場にうずくまるようにして、思いっきり声を張り上げていた…
「どうしたの」
「あたし、あたし、もう疲れた、疲れたよぉ~~」
「ごめん、だいじょうぶ、だいじょうぶだから」
オレは、彼女を抱き締めた。
「だいじょうぶ、安心して」
「うん、うん、ありがと…」
そうか、これは、疲れがたまり過ぎて鬱になってるんだ…
オレはなんとなくそう思った…過労死鬱って、新聞とかニュースでやってるし、
きっとそうだ!
オレは納得して、今日は彼女をうんと休ませてあげようと思った。
これ、この人、オレの彼女なんだ。
オレは、何をしていいか考えられなかったけど、
晩は何時まで抱きしめていたか、とうとう覚えていなかった…