第3話
それから数日が過ぎ、あの日以来あの夢を見ることはなかった。
でもあの風景だけは片時も心から離れることはない。
思い出さないよう、考えないようとしてもフトした瞬間にその風景だけが頭に浮かんでくる。
ただそれに伴って気分が悪くなることがなかっただけが救いだった。
授業中、熱心に教鞭を執っている教師を横目に窓の外を見る。
そこから見える小高い丘では頭の垂れたススキが風に揺らいでいる。
もうすぐ冬になるね。
ただ何となくそう考えた途端、目の前の風景が夢の風景に書き換えられた。
そしてそれと同時に、自分がその風景の中にいる感覚に囚われる。
どうして? 私は確かに教室にいたはずなのに……。
一瞬にして思考が混乱する。でも混乱しながらも自分の置かれた状況を確認しようと、辺りを見回してみる。
確かにそこは夢で見た風景。あのときと同じ、一面の笹野原とそれを照らしている夕焼け。
遠くの方は、霞が掛かっているようにぼやけていて、先を見通すことが出来ない。
初めて見たときと同じ。でも違和感がある。
それは、自分から少し離れたところに他人がいる。
その他人は、遠目で分かりにくいけど、自分より幼い気がする。
怪訝に思いながらも、何かしらの手掛かりになるかもしれないと近づこうとする。
でも何故か足が前に出ない。
するとその他人から何かを言おうとしている雰囲気が伝わってくる。
何を言っているの?
言葉をかけようにも声が出ない。だから出来るだけ耳を澄ませるが何も聞こえない。だけど何故か悲しみに似た感情を感じる。
どうして?
そう思ったときに胸が締め付けられるような感覚が生じる。そして同時に心臓を鷲掴みされたような痛みが走り、徐々に呼吸が苦しくなってきた。
助けて……。このままじゃ……。
助けを呼ぶ想いに呼応するに遠くか自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
そしてそれが合図のように徐々に視界が霞み始めた。
眼を覚ますとそこは教室。顔を上げると教師が大丈夫かと心配顔で聞いてくる。
その問いかけに少しぼやけた頭で頷くと、教師は少し安心した表情を見せる。
教師は、大事をとって保健室に行くよう勧めてくる。
確かに少しの気怠さがある。それに自分がどんな状態だったのかは分からないけど、教室が少しざわついていて、幾人かは心配そうにこちらを向いている。
このままここにいるのは少々気恥ずかしい。だから保健室に向かうことにした。
保健室に着くとすぐに横になるよう養護教諭に勧められる。
自分が思っていた以上に顔色が優れなかったようね。
横になってからは、教室のことを考えないようにする。
でもどうしても思い返してしまう。
初めての時にはいなかった他人。そしてその子から伝わってきた感情。胸が張り裂けそうになる悲しみ。
あの子は、その感情と一緒に何を伝えようとしたのだろうか。
それを知るためには、またあの夢を見なければならない。
しかし目眩や今回のことを考えると恐怖の方が先になる。
出来ることならもうあの夢を見たくはない。しかし何を伝えようとしていたのかも気になる。でも……。
自分の思考が無限回廊の中を彷徨い始めて頭が痛くなってくる。五里霧中ってこういうことを言うのだろうか。天井を見つめながらため息が出た。
しばらく何も考えないようにしながら天井を見ていると、扉が開く音が聞こえ、誰かが保健室に入ってきた。
そのとき部屋の空気が動き、それが仕切っているカーテンを揺らし頬に風を感じる。
そういえば……。
初めてこの夢を見たとき、風に乗って誰かが呼んでいる声が聞こえた気がする。
やっぱりあの声は私を呼んでいたのだろうか。
今日のことと考え合わせてみると間違いはないような気がする。
しかしそれが何の解決にもならないことも分かっている。
だからまたため息一つ。