*出会い
誰か、隣にいてほしい。
楽しいときも、辛いときも。
誰かあたしの隣にいつもいてほしい―…
これが、あたしの小さいときからの小さな願いだった。
あたし、晃由紀と隣の高倉爽士が出会ったのは高校の入学式の登校時。
あたしが自転車で坂道を登ってたとき。
バランスが崩れて横に倒れてしまった。
籠に乗せてたカバンがちょっと重たくて。
仲良しのなっちゃんとも離れちゃったことで気分もなえていた。
そんなときに自転車が倒れて転んで。
「…最悪」
勢い良く転んだため、驚きのあまりアスファルトの上に座り込んでしまった。
「初日から最悪…」
ちょっと冷たい風が吹いて、思わずブレザーの袖を掴んで身を縮めていた。
立ちあがりたいけど、何故か立てない。
力が出ない。
こんなとき、いつもならなっちゃんが「大丈夫?」って手を貸してくれたのに。
そんな優しいなっちゃんも今はいない。
寂しいよ。
苦しいよ。
戻りたいよ。
誰か、助けて―
「大丈夫?」
ふわっとさわやかなせっけんのような香りがあたしの鼻をくすぐる。
はっと顔をあげると、見慣れない顔がそこにあった。
ひょろっとしてるけど何だか強そうで、ブレザーを少しだけ着崩している、男子。
結構整った顔立ちをしていた。
大人っぽいから先輩かな?
「転んだの?」
“大丈夫?”“転んだの?”2つも問いかけられたのに、驚きのあまり答えられない。
「あっ、あの…誰…?」
やっと出た言葉。
全く質問無視してる。
「あっ、俺高倉って言います」
あたしのいきなりの質問にも戸惑うことなく笑顔で答えてくれた。
「あ…あたしは晃…です」
「晃?」
出た。
みんな、自己紹介すると必ずそこにつっかかってくる。
「はい…“晃”が苗字で、下の名前が…」
「ゆき」
「!?」
まだ、言ってない。
なのに何で知って…
「そこに書いてある」
“高倉”はあたしの自転車を指差した。
そうだ。昨日の夜自分で書いたんだ。
『漢字じゃなんか固いからローマ字で!!そして筆記体ならオシャレじゃん!!』
なーんて言いながら。
「ゆき…なんか、そういう顔してる」
「ええっ!?」
それって、あたしに似合ってるって事?
「ははっ。いい名前だね。」
ドキンッ。
笑った顔がまたさわやかでかっこいい。
何この人―
「あっ、ありがとう…ございます」
何故か照れて俯いて。軽く会釈した。
「あの、タメでいいよ?一年だよね?俺もだから」
!?
「えっ、嘘…すごく大人っぽいからつい先輩だと…」
「俺が大人っぽい!?そんなこと言われたの初めて」
うっそ。
めちゃ大人っぽいじゃん。
そんな会話をしながら、“高倉”があたしの自転車を押して歩いてくれた。
そんな優しい彼の横をあたしは赤面で歩いていた。
「おーい爽士。もう彼女ゲットかよ!?」
学校について、正門のところに立っていた男子が言った。
「ちげーよ。転んでたから助けただけ」
爽士?
この人…“高倉爽士”っていうの?
って、自転車自転車。
「あっ、あの…自転車ありがとう」
高倉に恐る恐る声をかける。
その時。
高倉があたしの顔を覗き込んで言った。
「俺のこと…爽士でいい」
「えっ…」
“爽士”?下の名前で?
「だから、俺も由紀でいい?」
「う、うん…いいよ」
そう言うと爽士は「よっしゃ」なんて言って、またさわやかな笑顔を見せてくれた。
そして
「じゃーな」
…先に行ってしまった。
一人とり残されたあたしは、しばらくその場に突っ立ってて、唖然としていた。
今、一人の男子に出会った。
出会ったばかりなのに、下の名前で呼べと言われた。
…何なの、この展開。
ため息をつきながら自転車を決められた場所に止め、あたしは校舎に向かって歩き出した。
その時。
「あのー」
後ろから声がかかった。
周りに誰もいないから、多分あたしにだと思う。
「――!?」
振り返った次の瞬間、あたしは言葉を失った。