イヴの約束
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「あーもー、クリスマスのときに仕事とか最悪ーっ」
クリスマスになると、必ず聞こえてくるこのセリフ。
私が学生だったときから数えると、もう数百回は聞いてるだろうから、あの喩えが本当なら、とっくに私の耳にはタコができているだろう。
「まったく、“人間たち”はいいよねぇ、イブなんかどうせカップルでデートなんでしょ?」
「でもさ、毎年仕事してる目の前で“あいつら”がイチャイチャしてるの、本当ムカつくよねー!」
そんな声を聞きながら、私は目の前に山と積み上げられているぬいぐるみやおもちゃなんかを黙々と箱に詰めてはキレイに包装してゆく。いわゆる、プレゼント、というやつだ。
、、、、、、にしても、毎年量が半端じゃない。
「ちょっとー、スノウもそう思わない!?」
さっきから甲高い声でみんなとしゃべっていたメアリーに呼ばれて、私ははっと頭を上げた。
「スノウはどっか出かけたりしないの?」
「え……そんな相手いないし、そもそも私配達担当だし、てかはやくプレゼント詰めてよ!配りきれなくなっちゃうじゃん!」
「もー、なんで私たちが“人間ども”にプレゼントなんか……」
まったく、忙しいったらありはしない。
“私たち”の仕事は、実は年中忙しい。12月初めから25日は特にね。
だからデートなんてもってのほか。
しかも、今年も私はプレゼントを配りに行くっていうミッションもあるし……
とにかく、私たちはクリスマスに対して、そんな思いしか抱いていない。
でも、これだけは大声で叫んでみようとおもう。
このまま恋ができないクリスマスなんて、絶対にやだー!
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イブの夕方、私たちはようやく最後のプレゼントづくりを終えて、全部をソリへと積みこんだ。
私は、仲良しのお姉さん先輩と。他のみんなも、バディを組んで配達に出かける。
「そろそろ行くかー!」
みんなで気合いを入れると、私たちはソリに乗り込んで、ほかのみんなのソリと同時に夜空へと飛び出した。
「わー、寒い!」
それもそのはず、今日の人間世界の天気予報は雪。クリスマスになれば、それもそうだ。
「スノウ?どうしたの?」
夜空の月の下、そんな先輩の声が聞こえてきた。
「え、なんですか?」
「いや、なんか浮かれない顔してるなー、って思って。ほら、もっと楽しんでやんなきゃダメでしょ?」
…………。
おじいさん達に代わって、去年からプレゼント配りの仕事をし始めた私。
妖精のように駆け回る先輩たちは、とてもかっこよくて、可愛くて、憧れの存在だった。もちろん今でもそうだけけど。でも、心のどこかで、なんとなく、もやもやとした感じが残っていた。
私が、こんな仕事してていいのかな……。
「キャッ!?」
先輩の叫び声と共に、ソリが大きく揺さぶられた。
「……あぁ、困ったわ、どうしよう」
「先輩、どうかしたんですか?」
「プレゼント、一個下に落としちゃったの、、、」
ソリの後ろを見ると、確かに、ひとつプレゼントが無くなっていた。
どうやらさっき風にあおられたときに、下界に落ちてしまったらしい。
「私、取ってきます! 」
「え、でも」
プレゼントを配り終わらなければならない夜明けまでは、まだ時間がある。
「大丈夫です、どこかで追いつきます!」
「そう、見つからないように気をつけるのよー!」
私はソリから体を乗りだし、人目のつかなそうな路地へとゆっくりと降りていった。
ケガしないかって?
それは、この仕事をしてるから、魔法だって使えるんだもの。
――――――――
人間の世界は、イヴの夜ということもあって、カップルでごった返していた。
でも、幸いなことに、プレゼントは大通りから離れた路地の端っこに転がっていたのだった。
(……あった!)
周りに誰もいないことを確認して、私はその箱に手を伸ばして、、、
ヒョイっ。
え。
目の前の箱は、横から伸びてきた別の手によって、空中に掲げられた。
「えっ!?」
持ち上げていたのは……若い男。
「あ、ありがとうござ……」
お礼を言いつつプレゼントを取ろうとすると。
ヒョイ。
「ちょっと……」
私の背では届かないところに、高々と掲げられるプレゼント。
えいっ! ――ヒョイ。
えいっ! ――ヒョイ。
「ちょっと、返してくださいっ!」
人間ごときに、私が遊ばれてる……。
がしかし、ここであきらめている場合ではないのだ。
「返してくださいよ! 大事なモノなんだから!」
「キミ、背、ちっちゃいね」
「カンケーないでしょ! なんで意地悪するの!?」
若干涙目になりながら、私は目の前の男を睨みつける。
ふわり、と笑うこの男。
ふと、顔が熱くなるのがわかった。
(この人、カッコいい……)
顔が整っていて、背が高くて、少し年上っぽいこの人。
ふわふわの茶髪に、透き通るようにきれいな肌。
――まるで、王子様。
そんな目の前の男は、思わず見惚れてしまっていた私に向かって、こんな言葉を投げた。
「――――キミ……『サンタクロース』、でしょ」
「なっ……!」
その瞬間、全身から血の気が引いた。
(ヤバい、人間に見つかった!!)
……そう。
私たち“サンタクロース”は、人間に見つかってはいけない。
見つかってしまえば、あとはクビになるしか道がないのだ。
頭が、真っ白になる。
「あ、あのー……ゴメン」
「え、え? い、いえ……」
どうしよう……
私、クビになっちゃうのかな。。。
(……あれ?)
この人、なんで私がサンタだってわかったんだろう。
普通なら、ただのコスプレした女の子だって思うはずなのに。
「あ、あの、どうして私が……」
すると、目の前の男は、手に持ったプレゼントを見つめながら、はにかんだ。
「それは、僕も“元、サンタ”だからだよ」
頭の中で、聖夜の鈴の音が聞こえる。
「ということは……」
「そう。僕は3年前にサンタをやめて、人間界に来たんだ。だから誰がサンタかすぐにわかる。
もちろん、今は空も飛べない、ただの人間だけど」
彼はそう言って、肩をすくめる仕草をした。
「そうだったんですか……」
こんなにカッコいいサンタがいたなんて。
3年前と言えば、私はまだ見習いの最中。そりゃ出会ってないはずだ。
「でも……」
私は立ちすくんだまま、訊いてみる。
「なんでやめちゃったんですか?」
んー、と彼は言った後、寂しそうに笑みを浮かべる。
「最初は、そりゃ憧れてカッコいいなって思って、楽しく仕事をしていたんだけどね。
ただプレゼントを配るだけだし、それで人間に見つかったらクビだなんて。
だったら人間になりたいって思ったんだ」
私はそれを聞いて、心の中のしこりの正体が、なんとなくわかった気がした。
「私も……そう、今思ってます」
そうなんだ、と言って、彼は困ったようにまた笑った。
「なんか私の存在を認められていないような気がして……」
「そうそう。こんなに一生懸命働いているのに、信じてくれるのは子供たちだけ。
それも、すぐに信じてくれなくなっちゃうからね」
彼の言う、その通りだった。
「でもね」
彼はそう続けながら、私に持っていたプレゼントを返した。
「大切なことって、やっぱり、目には見えないんだよ」
「…………?」
「お金とか、家族とか、そういうのもやっぱり大事だけど、本当に大切なことって目には見えない存在なんだ。
純真な心とか、真実とか、、、愛、とか」
「愛とか……サンタクロースも?」
「そう。子供たちにとっては、やっぱり、見えてはいけない存在なんだよ。 彼らは、すっごく大切に思ってくれているからね。
たとえ、そのうち信じなくなったとしても、人間の心には、そういったサンタを信じるような純真な心が、いつまでも残り続ける」
「そうなんだ……」
どんなにがんばって働いても、存在すら認めてくれないこの仕事。
私は、そんな“サンタクロース”に、いつの間にか疲れてしまっていたのかもしれない。
手元のプレゼントの箱を見る。
でも、、、やっぱり私たちはそうじゃなくっちゃいけない。
いや、見えない大切な存在であるべきなんだ。
……ま、気づいたころにはもう遅かったけどね、と彼はおかしげに言った。
「あ、それに、僕に見つかっても、クビにはならないから」
「ほんとに!? ……じゃあ、また、もうちょっと頑張ってみたいです」
そっか、と彼はつぶやいて、私の頭にポンッと手を置いた。
あったかくて優しい、大きな手だ。
「そういえば、キミの名前は?」
「私はスノウ。18歳です」
「そうか。僕はブラウン。そうだスノウ、せっかく出会えたんだし、イヴデートでもしない?」
「えっ」
彼のイタズラっぽい笑みに、思わず体温が上がってしまう。
「あ、でもまだ、プレゼントが……」
「いいよ、僕はここで待ってるから」
「ほんとにっ?」
「うん、だからはやく配達しておいで。雪も降ってきたみたいだし」
ふと気が付くと、冬空からの贈り物が、辺りを白く染め始めていた。
「……約束、ですよ?」
「おう、いってらっしゃい」
彼と指きりしてから、私はあったかいプレゼントを持って、空へと舞いあがった。
「メリークリスマス!!」
下からは、そんな声が聞こえる。
私は、少し弾んでいる心を感じながら、先輩の乗るソリへと急いだ。
イヴの夜は、まだまだ続く…………
サンタたちのイヴの夜に寄せて。
Merry Christmas.
Fin.
ご読了ありがとうございました!
諸事情によりいったん消させていただきましたが、復活しました(笑
私にしては珍しくファンタジーっぽさを出してみたんですが、いかがでしたでしょうか……?
感想などお待ちしております。
ではまた。
翠