パジャマといえばいちご柄
授業の日程が終わり放課後。補習の生徒や勉強熱心の生徒以外は魔法院に特に用事もないためだいたいの生徒たちは帰路に着いていた。
ルーアはジークとフルラと一緒に帰宅中だった。ルーアたちの住んでいる寮はガディア魔法院の近くの川沿いをずっと歩いていくと少し遠回りではあるが簡単に着くことができる。
「ルーアそれでね海老フライの腕が上達したんだよ。今日の夕食に作ってあげるよ」
料理の腕が上達したことがうれしいのかフルラはご機嫌の様子だった。
「それはよかったな。じゃあお言葉に甘えていただくとするかな」
「ルーアそれは止めた方がいいよ」
ジークが小声で言いながらローブの袖を引っ張る。さっきまで顔色が健康的だったのにジークの顔は真っ青になっていた。ジークに合わせて小声で聞き返す。
「どういうことだ?」
「この前海老フライを作りに僕の部屋まで来てくれたんだけど、その海老が大きすぎて一人じゃ食べきれない量だったんだよ。冷蔵庫に入れて保存しようにも大きすぎて全部入らないし捨てるのはもったいないから朝まで泣きながら一人で食べてたんだよ。いくらおいしくてもあの量はちょっと」
寮には一部屋に一つ氷の魔法陣を利用した食べ物を保存する冷蔵庫が設置されている。冷蔵庫は成人男性が一人ぎりぎり入るくらいの大きさだ。つまり成人男性一人より大きい海老が存在することになる。
「よっ、よく食べたな。どこの海老だ?」
「なんか実家から送られてきたらしいよ」
確かにフルラの実家ローレンス家の当主は珍しいものをたくさん持っていると聞いていがそんな巨大な海老を持っているとは初耳だ。昔命をかけて王国を救った英雄の末裔とされているローレンス家はその忠誠心からか現在も王家と懇意な関係だから珍しいものが手に入りやすいのだろう。何から王国を救ったのかは知らないが。
「今回は同じ海老じゃないかも」
「巨大海老をまた実家から送ってもらうって言ってたから多分」
「大きさを聞けばいいじゃないか?」
「いや秘密としか返ってこないと思うよ」
「どうしたの?」
小声で話し合っているのを不審に思ったのかフルラが可愛らしく小首を傾げていた。
「何でもないよ。ちなみにフルラ海老の大きさってどれぐらい?」
「ふふっ秘密だよ」
そういうとフルラは桜色の唇に指を添えてはにかんだ。とても絵になる光景だが海老の大きさは死活問題だよ。
「ごめん、やっぱ今日は昨日の残りがあるからまた今度の機会に」
「え~残念。しょうがないジー」
「俺も昨日の残りがね」
「仕方ない、今日はわたし一人で食べるよ」
「えっ食べたことあるのか?」
「うん、前に女子寮の友達に食べさせてあげようとしたんだけど急にみんな腹痛でね部屋に帰っちゃったから一人で食べたの。量が多かったから三十分かかったけど」
「えっ三十分?そ、そうなんだ~」
どうやって料理してるか聞こうしたがあることに気づく。
「ジーク一つ聞いていいか?」
「いいけど、急にどうした?」
「体が重くはないか?」
「うん?別にいつも同じだけど」
「気づいてないのか、後ろ向いてみ」
ジークの後ろを指差す。立ち止まってジークとフルラが振り向くとそこには水色の生地に赤く鮮やかな、いちごの柄が描かれたパジャマを着た少女がジークのローブを掴んでいた。頭には猫耳が付いたパジャマのフードを被っている。
「ネイニャ!!いつからいたの?」
女子の平均ぐらいのフルラより小さい背丈で薄い緑色の少し短く揃えられた髪の容姿を持つ少女の名前はネイニャ=クロネンという。授業中は起こさなければずっと寝ていて休み時間もほぼ寝ているし、ネドルの授業もキマとネイニャだけは爆睡している。
教室に一番早く来て寝ているが残念ながら彼女の学園生活は睡眠で占められていた。たまに登校中で睡魔に襲われて倒れてるので俺かジークが背負って登校する日があったりもする。
「ん、寝むかったからジークに寮まで運んでいってもらおうと思って校舎出てからローブを掴んでここまで歩いてきたの」
眠そうに目を擦りながらネイニャは答えた。ネイニャはどれだけ睡眠を欲しているのだろうか。
「なんでパジャマなの?」
首を傾げながらフルラが尋ねる。たしかによく似合ってはいるが外でパジャマというのはおかしい。
「フルラそれはね……………」
「寝ないで」
ジークのツッコミを聞いてこいつも少しは成長したと若干感心してしまった。入学当初は場に流されているだけだったのだ。俺が感心しているとジークはネイニャの頬を軽くペチペチと叩いていた。
「んんっ起きたよ。それでパジャマの理由は服はたくさん持っているけどパジャマしか持ってないの。パジャマは着心地が最高だと思うの。だから院内の更衣室でパジャマに着替えてから毎日帰ってるの。たくさん話しをしたら疲れたの、おやすみ」
そう言い残すとネイニャはジークにもたれかかるように倒れた。本当に寝たらしく静かな寝息が聞こえる。ネイニャが起きているとパジャマの猫耳が立ち、寝ると倒れるこれはどういった仕組みになっているのだろうか。
「私服がパジャマしかないってすごいよね」
「ネイニャらしいといえばらしいけど」
苦笑いしながらジークはネイニャをお姫様だっこした。ネイニャは体重が軽いから多少は楽だろうけど寮までの道のりが大変だな。
「ずるい、ジークにお姫様だっこしてもらって。今度わたしもジークにお姫様だっこしてもらおうかな………」
小さく羨ましそうな声でフルラがそう呟いた。フルラの好意に鈍感なジークは気付かないため幼馴染から関係がまったく発展しない。
「フルラ今何か言った?」
「えっな、なにも言ってないよ」
フルラは湯気が出るんじゃないかと思うほど顔を真っ赤にしながら手を大きく振って否定した。俺には全部聞こえてたけどジークには聞こえてなかったようだ。
「まあここで立ち止まってないでさっさと帰ろうよ」
ここで俺が助け舟を出したわけだがフルラは寮まで早く帰ろうとさっきより速度を速くして歩きだしたが右手と右足が一緒に出ている。不思議そうな顔をしたジークと共にフルラを追いかけた。
「そ、そうだよ」
「フルラそんな急がないでこけるよ。顔ちょっと赤いしどこか悪いの?」
「だっだいじょ、きゃっ」
案の定フルラはこけたわけで、終始こんな感じで寮に辿りついたのであった。