一本桜
六日目も、つぼみは固かった。
川沿いの並木の、上流から七本目。市が観測に使っている木だ。幹に番号の札が打ってある。私は毎年この木の南側の枝を見る。決まりでそうなっている。日の当たる側から先に咲くからだ。
枝を目の高さまで引き寄せた。つぼみの先が、わずかに赤い。萼が開きかけて、そこで止まっている。三週間前から止まっている。
開花と書けるのは、この一本で五、六輪以上が開いたときだ。一輪も開いていない。
私は手帳に日付と「未開」と書いた。正式な記録ではない。正式な欄には、まだ何も書いていない。
私の仕事は、観測の条件が変わった地点のデータをつなぐことだ。観測所が移されたり、周りに建物が建ったり、木が植え替えられたりすると、そこで数字に段差ができる。段差は本当の変化ではない。だから私が調べて、直す。前後が一本の線に見えるようにする。
地味な仕事だ。誰にも見られない。線が滑らかであることを、誰も疑わない。
風が来て、枝が鳴った。葉はまだない。
私はしばらくそこにいた。毎年そうしている。開花の確認は一人で足りるから、いつも一人だ。三月の川の匂いと、まだ冷たい石段。この六日間、私はここで何も見ていない。
橋の方から自転車が来て、老人が並木を見上げ、何も言わずに通り過ぎた。
資料室に戻って、気温の記録を出した。二月から三月の平均、積算、日照。どれも予想の計算に入れてある。計算どおりなら六日前に咲いている。
数字を三度確かめた。入力の誤りはない。式も合っている。合っているのに咲かない。
予想は市の広報に出してある。三月二十七日。その日付を見て宿を取った人がいる。出店の仕入れを決めた人がいる。私が計算した日付だ。
訂正を出すには、次の予想日を書かなければならない。書けなかった。計算の上では、もう咲いている。
こういうとき、たいていは木の側に理由がある。病気か、剪定か、前年の実の付き方か。木は一本ごとに違う。だから予備の木を決めてある。上流から九本目と、公園の二本だ。
三本とも固かった。
夕方、商店会から電話が来た。いつになりますかと聞かれ、わかりませんと言った。相手は少し黙って、「わからないということがあるんですか」と言った。
ある。ただ、私の二十年の中にはなかった。
*
北の地点から電話が来たのは、翌朝だった。
担当者の声がのんびりしていた。「そちらは咲きましたか」
「まだです」
「うちもです。予想から八日」
その日のうちに、同じ問い合わせが五件来た。夕方までに十一件。西からも、南からも来た。
昼過ぎには、南の地点の担当者から電話が来た。年配の人で、三十年この仕事をしている。
「瀬田さん、うちは去年より遅い。去年も遅かった」
「そちらは暖かいでしょう」
「暖かいんですよ」と相手は言った。「暖かいのに遅い。おかしいでしょう」
おかしくはなかった。ただ、その理由を、私はまだ言葉にしていなかった。
私は地図を出して印をつけた。つぼみが動かない地点に赤、咲いた地点に青。
青が一つもつかなかった。
こういうとき、私は例外を探す。例外があれば、そこに理由がある。理由がわかれば、残りは説明できる。それが手順だ。
例外は出なかった。
当然だった。忘れていたわけではない。ただ、この仕事をしているあいだ、そのことを思い出す必要が一度もなかった。
この品種は種で増えない。
自分の花粉では実らない。どの木も同じ木なので、隣の木の花粉でも実らない。実がついても、それは他の種類の桜の花粉が付いたもので、まけば別のものが生える。だから増やすには、枝を切って別の木に接ぐしかない。百年以上、人間がそれをやってきた。
全国の木は、遺伝子がほぼ同じだ。元は一本。一本の木を切り分けて、日本中に挿してきた。
同じ木だから、同じ気温に同じ返事をする。だから開花の予想が立つ。だから一斉に咲く。三月の終わりに列島が下から順に白くなるのは、木が揃っているからだ。
揃っているなら、揃って咲かないこともある。
例外が出ないのは、例外が存在できないからだ。
原因は三日でわかった。
冬が暖かすぎた。
この木は秋に葉を落としてから眠る。眠っているあいだに一定の寒さに当たらないと、目が覚めない。目の覚めていない木は、春の暖かさに反応しない。反応しないまま四月になる。
寒さが足りなかった。
春が来なかったのではない。冬が来なかった。
地図を見直した。遅れは南の地点の方が大きい。暖かい土地の方が遅い。赤は南から順に濃くなっていた。三十年やっている人が「おかしいでしょう」と言ったのは、そこだ。
報告書の草案に、冬が来なかったと書いて、消した。文が効きすぎている。「低温要求量が満たされなかった」と書き直した。
問題は、欄が一つ空いていることだった。
開花日を書く欄だ。毎年、三月の終わりか四月の頭に、数字が入る。千二百年、入り続けている。
今年、そこに何を書くのか。
決める権限は、私にある。
*
欠測の書式を探した。あるはずだった。
観測に欠測はつきものだ。機械が壊れる。担当者が倒れる。戦争が来る。そういう年の書き方が決まっていて、私はそれに従えばいい。
桜の欄にはなかった。
この記録は、もともと観測ではない。日記や和歌に花を見たと書いてあるのを、後の人が拾い集めて並べたものだ。九世紀から始まっている。世界でいちばん長い、花の記録だと言われている。
その列が、いま気温を測るために使われている。
九世紀に温度計はない。だが花の咲く日は春の気温でほぼ決まるから、日付から気温が出せる。千二百年前の三月が何度だったかを知る方法は、これしかない。
だから欠けていていいはずだった。書いた人たちは観測員ではない。病気の年もあったろうし、都を離れた年もあったろう。花に興味のない人が続いた時期もあったはずだ。
欠けていなかった。
四日かけて、一年ずつ遡った。
近世までは役所の記録がある。その前は日記だ。花の下で歌を作った日。雨で行けなかった日。遅いと書いた日。早いと書いた日。
飢饉の年があった。前後の年の日記には作物の被害が延々と書いてある。その年の花のことは、他の年と同じ長さで、同じ書き方で、一行だけ書かれていた。
戦のさなかの年があった。都を離れていた人が、帰ってから書き足している。日付にはただし書きがついていた。人から聞いた日付だという。それでも書いてある。
空欄はなかった。千二百年のあいだ、この列に空欄を作った人間はいない。
誰も、続けるつもりで書いてはいない。千二百年を作ろうとした人はいない。その年に花が咲いたから書いた。それが千二百年になった。
私は、続けるつもりでいる。そこが違う。
私が最初になる。
北の地点に電話して、そちらはどう書くのかと聞いた。
「そちらに合わせます」と言われた。
西も、南も、同じ返事だった。全国の担当者が、私の欄を見て決めるつもりでいた。この木の日付が千二百年につながっているからだ。
私が最初になる、というのはそういう意味だった。
課長に報告した。
「書かない、という手はないのか」
「欠測です。書きます」
「千二百年で初めてだと、さっき自分で言ったな」
「はい」
課長は窓の外を見た。この部屋からは並木の上の方が見える。白くない。
「地点を移せばどうだ。公園の木は」
「公園の二本も咲いていません。同じ木ですから」
「同じ木か」
「同じ木です」
課長はそれ以上聞かなかった。
「商店会から電話が三本きている。今年はどうなるのかと」
「咲きません」
「咲かせられないのか」
*
柏木は並木の管理をしている。市の委託で、剪定も土も消毒もこの人の担当だ。十年の付き合いになるが、話すのは年に二度、剪定の前と後だけだった。
その柏木が、七本目の下で待っていた。
「できます」と柏木は言った。「薬で起こせます。眠りを破る方の薬です。果樹では昔からやっている。冬に売っている桜も、あれは人が起こしたものです。枝を切って、暖かいところに入れる」
「並木は切り枝じゃない」
「量の話です。枝に直接かけます。全部にはかけません。この七本目と、橋から見える範囲の十二本」
「効くんですか」
「七割」柏木は間を置かなかった。「二週間ほど遅れて咲きます。花は小ぶりになる。揃いも悪い。でも咲きます」
「費用は」
「十二本なら大した額ではありません。薬より人手です。三日いただく」
「市は通るんですか」
「通ります」柏木は言った。「観光の話にすれば通る。記録の話にすると通らない」
私は札の番号を見ていた。四十二番。この木にはそう打ってある。
「それは観測じゃない」
「観測の話はしていません」
「記録が壊れます。この木の開花日は、千二百年の列につながっている。薬で咲いた日を、その列に足すんですか」
「足さなくていい。あなたが書かなければいい」
「書かなければ欠測です。同じことです」
「同じじゃない」柏木は幹に手を置いた。「咲いた木が立っているか、咲かない木が立っているかは、同じじゃありません」
「来年はどうします」
「来年も足りなければ、また、かけます」
「その次も」
「その次も」柏木は目を上げなかった。「冬が戻ればかけません」
「戻りますか」
「戻らないでしょう」
川風が来た。柏木は幹に手を置いたままだった。
「この木は、人が見るために植えたものです」と柏木は言った。「山に生えていた木じゃない。誰かが枝を接いで、運んで、川沿いに並べた。見るためです。それ以外の理由はない」
「記録のためでもあります」
「記録は後から来た」
私は黙った。
「瀬田さん」柏木が私の名を呼んだのは、たしか二度目だった。「あなたは毎年ここに一人で来て、しばらく立っている。見ています。剪定のときのあなたは十分もいない。花のときは、三十分います」
「観測です」
「五輪か六輪で足りるんでしょう」
私は答えなかった。
答えは自分にわかっていた。
見たいのだ。
毎年、あの木が白くなるところを見たい。行きたいから、仕事にしてある。順番はそれだ。二十年、そうやって暮らしてきた。
言葉にしたことは一度もなかった。柏木は十年見ていて、先に言葉にした。
「市には私から出します」柏木は言った。「あなたは反対してくれてかまいません」
「反対はします」
「どうぞ」
柏木は道具を担いで下流へ歩いていった。
反対したところで止まらないことを、二人とも知っていた。処理をするかしないかは木の側の話で、木は私の担当ではない。私の担当は、書く欄だけだ。
*
自分の側の根拠を探した。
千二百年が根拠になるはずだった。それだけ続いたものを、薬で汚すわけにはいかない。そう書けば報告書は通る。
通るかどうかを確かめるために、列の中身を見た。
九世紀から並んでいる桜は、この品種ではない。
当たり前だ。この品種が広まったのは幕末から明治のころだ。それ以前の千年は、別の桜だ。山の桜で、種で増え、一本ごとに性質が違い、咲く時期もばらけていた。
どこかで、列は別の木に乗り換えている。
継ぎ目を探した。半日でわかった。明治の何年かのところで、観測の対象が入れ替わっている。
その年の欄には、小さく注がついていた。樹種の変更にともない、開花日に補正を加えた、と。補正の値も添えてある。
それだけだ。読む人はいない。読んでも、線が滑らかであることを疑わない。
列はそこで一度、別の木に乗り移っている。誰かが、つながっていることにしたのだ。
私はその手つきを知っている。
観測所が移ると数字に段差ができる。私はその段差を消して、前後を一本の線にする。それが仕事だ。線は最初から一本だったのではない。誰かが一本に見えるように直したのだ。千二百年の列も、同じ手つきで作られている。
十年前のことは、いつでも出せる場所に置いてある。
南の地点で、観測に使っていた木が枯れた。連絡が来て、代わりの木を決めた。五十メートル離れた場所にあって、日当たりが違った。
二本の開花日は、重なっている七年のあいだ、平均で三日ずれていた。
「三日引きますか」と、あのときの担当者が尋ねた。
「引きます」と私は言った。
電話は一分で終わった。根拠のある補正だった。手順も踏んだ。今でも正しいと思う。
ただ、あの地点の記録を見る人は、木が替わったことを知らない。線は滑らかだ。滑らかにしたのは私だ。
その夜、草案を消した。
千二百年を根拠にはできない。千二百年は、私と同じ職業の人間が作ったものだ。
*
処理は三月の末に行われた。
柏木の班が三日で、橋の上下の十二本に薬をかけた。見に行った。何も起きない作業だった。噴霧器の音がして、枝から水が落ちるだけだ。作業員が枝の角度を変えながら、根元まで丁寧にかけていた。
十二日後の朝、柏木から電話が来た。
「十四です」
「数えましたか」
「三回数えました」
行くと、花は小ぶりで、色が薄かった。葉の方が先に出ている枝もあった。揃っていない。それでも白かった。
手帳には書いた。処理開花、十四輪。手帳は誰も読まない。
その週末、川沿いは人でいっぱいになった。
商店会が出店を出した。橋の上には写真を撮る列ができた。子供が石段を上ったり下りたりしていた。
石段のところで、若い二人が話していた。
「今年、薬で咲かせたんだって」
「へえ」
「早く咲かないから」
「きれいだけどね」
それで終わりだった。二人は写真を撮って、橋の方へ行った。
課長が来て、私の隣に立った。
「書けるんじゃないか」
「書けません」
「五輪か六輪だろう」
「開いています」
「じゃあ書けるだろう」
課長は怒っていなかった。困っていた。私が書けば、課長の仕事は今日で終わる。
課長が帰ったあと、私は七本目の下にいた。
仕事ではない。書く欄は空のままだ。観測の対象は自然に咲いた花で、薬で咲いた花は対象にならない。だから今日の私は、記録する人ではなかった。ただの人だ。
見上げた。
白かった。
風が来て、花が少し落ちた。落ちるのが遅い気がした。花の数が少ないので、隙間から空がよく見える。去年とは違う。去年はもっと重たかった。枝が垂れていた。
それでも白かった。
息を止めていた。気づいて、吸い直した。
三十分そこにいた。動けなかったのではない。動きたくなかった。
美しかった。
自分の胸に起きていることを、私は数えるように見ていた。喉のあたりが温かい。目の奥が痛い。去年と同じだ。おととしと同じだ。十年前と同じだ。
薬で起こした木が薄い花をつけたことに対して、私の体は、去年と同じ返事をしていた。
柏木が隣に来た。
「ほらね」
私は何も言わなかった。
「文句があるなら言ってください」
「ありません」
「怒っていい場面ですよ、ここは」
「怒っていません」
柏木はしばらく黙って、それから言った。
「助かりました。あなたが立っているので」
「なぜ」
「咲かせた花の下に誰も立たなかったら、ただの薬の実験です」
その日から十日のあいだに、私は三つのことに気づいた。
一つ。誰も、この花が薬で咲いたことを問題にしない。知っている人は全員知っていて、誰も口に出さない。出す必要がない。
二つ。来年も同じことをするだろう。冬が足りない年は、これから増える。
三つ。もし私が空欄に日付を書けば、この花は千二百年の列に入る。列は切れない。書式を作る必要もない。誰も傷つかない。
そして私は、それを望んでいた。
*
報告の期限は四月十日だった。
九日の夜、資料室に一人でいた。窓の外は暗く、並木は見えない。人の声だけが川から上がってくる。
端末に表を出した。千二百年分が一つの列になっている。上へ遡ると年号が変わり、字が変わり、出典が日記になり、和歌になる。
いちばん下の行が空いている。
先に、一つめを書いた。
四月七日。数字を四つ入れただけで、列はつながった。画面の上では何も起きない。前の年の下に、今年の行ができた。
十分見て、消した。
消してから、手が震えていることに気づいた。寒い部屋ではなかった。
書けるものは二つある。
一つ。四月七日。処理のことは本文に書かない。備考にも書かない。書かなくても嘘ではない。判定は五輪か六輪で、五輪も六輪も開いた。列は切れない。並木は残る。来年も薬で咲く。私は来年も、あの下に立てる。
ただ、四月七日と書けば、この冬は普通の冬になる。
暖かすぎた冬が、平年並みの開花日として列に入る。あとから誰かがこの列で気温を復元すれば、今年の二月は暖かくなかったことになる。
千二百年、この列がやってきた仕事の、逆をやることになる。
誰も気づかない。私が入れた数字は、十年後には、私と同じ職業の誰かが滑らかにつないでいく。段差は消える。消すのが仕事だからだ。
二つ。空欄と、注記。自然開花なし。処理による開花。この一行を書くと、千二百年で最初の空欄ができる。
空欄ができると、並木は理由を失う。
更新の計画は五年前からある。樹齢が高い。幹に空洞のある木が四本ある。台風のたびに枝が落ちる。若い木に替えれば手入れも安く済む。計画はいつでも通る状態で、止まっていた。
止めていた理由は一つだ。七本目が観測に使われていて、その日付が千二百年の列につながっている。だから残す。市の文書にそう書いてある。
列から外れた木は、ただの古い木だ。
私は両方を紙に書いて、机に並べた。
一方には、千二百年と、白い並木と、来年の三月がある。
二十年のうちに、雪の降った年が一度あった。花に雪が乗って、枝が下がった。私はあの日、傘を持っていなかった。石段に座って、濡れながら二時間そこにいた。あの日の日付も、列の中にある。
もう一方には、空欄が一つある。
三時間、そこにいた。
*
書いたのは、二つめだった。
自然開花なし。処理による開花、四月七日。以後、当地点は観測に適さず。
送信して、端末を閉じた。柏木には電話をしなかった。課長にも何も言わなかった。説明を足すと、言葉の方が残る。
五月に更新が決まった。
六月の初めに、柏木から連絡が来た。明日切りますと言われたので、行った。
葉が茂っていた。花の時期より枝が重たく見えた。
「恨んでいませんよ」と柏木は言った。
「恨んでください」
「筋が通っているので、無理です」柏木は幹を見ていた。「私も、毎年薬をかける並木を管理したくはない」
作業は朝の八時に始まった。上の枝から順に落とすのだという。落ちるたびに地面が鳴った。太い枝は音が低い。
昼前に幹だけになった。切るときは音が変わった。木の匂いがした。濡れた紙のような匂いだ。私はそれを知らなかった。二十年、花の匂いしか知らなかった。
柏木が切り口を見て、年輪を数えた。
「九十三」
「明治じゃない」
「どこかで植え替えたんでしょう」柏木は言った。「この並木も一度は替わっている」
私は何も言わなかった。私が列から外したのは、明治の木ではなかった。この木も、誰かの継ぎ目だった。
「種を採ってあります」と柏木は言った。
「この木は種で増えないでしょう」
「増えません。他の桜の花粉が付いた実が、たまにできる。去年の分を採ってあります。それをまきます」
「別のものになります」
「なります」柏木はうなずいた。「なりますね」
幹が運ばれたあと、道が広く見えた。そこに木があったことを、二年で誰も言わなくなった。
切り株は残った。柏木がそうした。私は頼んでいない。
*
七年たった。
川沿いには若い並木がある。丈夫で、遅く咲く品種だ。観測の地点は市の北の公園に移った。私の欄はそこの木の日付で埋まっている。列は、私が空けた一行の下で、また続いている。
柏木は去年で仕事を退いた。引き継ぎのときに、切り株の脇の木のことを書いた紙を置いていったという。品種名の欄には、線が引いてあった。
切り株の脇に、細い木が一本ある。
柏木がまいた種から出たものだ。三本出て、二本枯れた。名前がない。この木は世界に一本しかないので、名前を付けようがない。
今年、それが咲いた。
四月十二日。花は小さく、白に少し赤が混じっていた。親のどちらにも似ていない。犬を連れた人が立ち止まって、写真を撮っていた。
私は手帳を出して、日付を書いた。正式な記録ではない。私が勝手に作った列の、最初の一行だ。この手帳には、七年分の空欄がある。毎年ここへ来て、何も書けずに閉じた。
見上げた。
美しかった。
そこで、私は考えていた。この枝を切って、上流の空いている場所に接げば、同じ木が並ぶ。数年で花がつく。十年で並木になる。川沿いをこの木で埋められる。世界に一本しかない木を、百本にできる。私にその技術はないが、柏木にはある。頼めばやってくれる。
手が動いていた。枝を、目の高さまで引き寄せていた。
種で自分を増やせない木が、千年のあいだ、人間にこれをさせてきた。美しいと思わせて、切らせて、運ばせて、挿させてきた。私はそれを知っている。報告書にも書いた。知っていて、いま、同じことをしようとしている。
枝を離した。
花が二つ落ちた。
美しいと思った。
その気持ちが誰のものなのか、私にはもうわからない。




