魔女狩り前夜
異端審問官「AIは、創作における悪魔の教典である」
そういえば、明日から「AI狩り」が実装されるのだったか。
パラグラフのコピペで「AI直接使用」タグ、
AIが物語の大半を描く作品は「投稿禁止」となる。
だが、これはあくまでも「自己申告」である。
ゆえに多くの疑心暗鬼が、そこに生まれる。
時代の流れで考えれば、この措置は、おそらく多くの可能性をスポイルすることとなるだろう。どのみち、創作は「プロンプト戦争」へと突入するのだから。
なろうの見解では、プロンプトの立案は創造的な活動には当たらないらしい。だが、デジタル・ネイティブ世代の創作スタイルに対し、「私は愚かな異端者です」とセルフで烙印を押させる行為は、さまざまな萎縮にも繋がる。
―― 原案を出し、他人に脚本を書かせ、カメラマンを使い、編集者たちと話し合い、作品をまとめた映画監督は、はたして「クリエイター」ではないだろうのか?
「声の大きな老人たち」による「AI作品追放論」に乗る形で、いよいよ運営も舵を切る。これにより「創作の高齢化=老人のアドバンテージ」が、さらに加速するのではあるまいか ―― というのが、筆者の今後の見立て。
将棋の世界では、プロ棋士でもAIの活用が、すでに「必須科目」である。だが、なろうは今後も「永遠の手探り素人作家」を愛で続けたいらしい。
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筆者は、別にタグの導入自体に反対しているわけではない(え)。
実際は「物語の大半がコピペの作品は投稿禁止」の方にこそ、引っかかっている。しかも、プロンプト(=レシピ)の公開も「禁止」だという(意味不明)。
そして、一番呆れたのが、海外の投稿者がAIを使い、自作を日本語に翻訳して投稿する行為すら、新たに「禁止事項」に加えた点。
これは完全にふざけている(いったい、どこの視野狭窄国家の話だ、これ)。保守的で思考の硬直した老人たちの憩いの場としての「鎖国」要求にも、まんまと運営が乗っかった形。これは出版化の際の「リスク」ではなく、処理の「面倒くささ」からの措置であろうが、それだけに余計に呆れる。
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明日から、野良の異端審問官たちが、どのように、はしゃぎ始めるのかも見物である。
もともとAI作品を粗製濫造していた性質の悪い連中は、自己申告により、改めて白く漂白される。
そして、これまでも自己申告でちゃんとAIの使用を述べてきた面々は、いよいよ、なろうに愛想を尽かす。―― そんな直近の未来も、想像に難くない。




