一隅の命
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
このクラスでいられるのも、あと1ヵ月足らずってところか。なんだかんだ、振り返ると一年は早いものだな。
――なに? 振り返る時はダイジェストだから、早く感じているだけ?
おめーも、たいがい口が立つよな。ああいえば、こういうというか……まあ、そういうキャラを作りたかったら、おめー自身もそういうことできねえとだろうな。
だが、振り返ることっていうのもデメリットばっかてわけじゃないぜ? 実際にそのときに感じた痛みとかまで、フィードバックされはしないからな。
どんな辛いことも、懐かしいこととして思い出せる。ちくちく胸が痛んだとしても、リアルタイムのときほどじゃない。それゆえに、本当にあんなことがあったのかと疑念を抱いちまう余地も残るんだが……。
ま、お前ともクラスが違っちまうかもしれんし、ひとつ別れについてのネタを提供しようか。
俺がこの学校に来たのは2年前の話になるな。それ以前は、親の仕事の関係でここからは離れた学校に通っていたんだ。
そのときの友達に「よいまち」ていうやつがいた。ああ、いちおうあいつの苗字だ。さるところのお坊ちゃまなんだ、て自分で話していたな。
まあ、まじで学校へリムジンで送り迎えしてもらうご身分とは思わなかったさ。たまたま朝早く登校したときに、あいつが車から降りてくるのを見たからな。ちょっと印象が変わったよ。
そのよいまちなんだが、教室では積極的に輪へ入るタイプじゃなかった。たいてい教室の自分の席でぼーっと外を見ているやつだったよ。
話しかければ応答するから、意思疎通そのものはできるんだが……まあ、「薄い」なと思ったな。お坊ちゃまというより、女にして深窓の令嬢にでもしといたほうが向いていそうな雰囲気だった。
そのよいまちと、たまたま近くの席になったうえに、クラスでは比較的問題なく口をきける人材として、俺はよいまち係に就任してしまったんだよ。
そのよいまちと、普段から口をきくようになってからしばらくしてからのこと。
よいまちはまれに、リムジンの送り迎えをしてもらわずに、歩いて帰るときがあることを俺は知る。帰る方向は途中まで同じということもあり、そのときには一緒に帰るようになっていたんだ。
帰り道でも、あいつは基本的に自分から話を振ることはない。二人して黙々歩いたのち、別れる……という味気ない日もあったなあ。
一緒に帰っていて、楽しいんだろうか? などと気をもむこともあったが、あの日のことは今も覚えている。
学期の終わりもわずかっていう土曜日。
その日は半日授業でな。昼にはみんな学校を出ていて、よいまちとも一緒に帰っていた。
雲一つない良い天気。明るさでいったなら、ここ最近で一番だったと思う。
が、いつも通りの帰り道の半分ほどまで来たとき。俺はふと、自分が「まばたき」をしたのを感じたんだ。
まばたきは自然な人間の動き。相当やらないよう意識するか、あるいは逆に意識が何かにとらわれて夢中になるかしないと、なかなか止まらないものだ。そうして、自分がしていることも分からない場合もしばしばなのだが。
このときは、はっきりと自分の視界が一瞬さえぎられて、すぐ回復するのが分かったんだ。
最初は「やけにまばたきすんな」程度に思っていたんだが、意識して止めようとしても、止まらない。しかも、時間を追うごとにその頻度は増していき、目の前で光と闇が交互に入れ替わっていく。
「……そいつは、良くないね」
よいまちが口を開いた。
あいつはすぐに携帯電話を取り出すと、早口で電話越しに迎えを頼む旨を伝える。
すると、俺へ向けて手を差し出してきた。「握れ」と添えてな。
そのよいまちの姿も、なおスパンを縮める点滅視界の中で消えたり、現れたりを繰り返していて判然としない。が、俺はあいつの手をとった。
するとどうだ。先ほどまで繰り返されていた「まばたき」はウソのようにおさまった。
その代わりに、よいまちの身体が消えたり、現れたりを繰り返すようになる。擬態とか迷彩とかじゃない。消えたときははっきりと後ろの景色が見えるうえに、握っている手さえも完全になくなる。
本当にこの場にいないかと思うような状態なんだ。
それを見て、感づいたよ。俺の先ほどまでの「まばたき」に思われたのは、いまよいまちが陥っている姿だったんじゃないかって。
「……蛍光灯のよう、といえばわかるかな。天寿以外で命が消えようとするとき、そういう風に姿が消えたり、現れたりを繰り返すことがあるんだ」
エンジン音が近づいてきたかと思うと、あっという間に一台のリムジンがやってくる。よいまちがいつも送り迎えにつかっているヤツだ。先ほど電話で呼んでいたものだろう。
「そうやって悪さするやつがいるから、こうして引き受けているわけ。ずっと観察してたけど、標的がきみだと早くに知れてよかった」
「お前はどうなるんだ? 引き受けたってことは……」
「僕は特別製だからね。心配するようなことにはならないよ。もっとも、学校にまた来られるか分からないけれど」
それがあいつのリムジンを見送る最後の機会になった。あいつは学校にはもう来ることはなかったんだ。
みんな、あいつのことは覚えているけれど、主なしゃべり相手は俺だったからな。あいつの話もまともに聞いてくれるやつは限られている。
もし、あいつが今も無事なら、あいつのいう天寿をまっとうできない奴らを助け続けているのかもしれん。




