第9話 翌月、王都から消えたもの
翌月。
王都の朝は、奇妙な静けさに包まれていた。
鐘は鳴っている。衛兵も立っている。店も、形式上は開いている。だが、人々の足取りは重く、声は低く、街全体が息を潜めているようだった。
――消えたのは、物だけではない。
***
中央市場。
かつて人で溢れていた通りには、空の棚が並んでいた。パン屋は窯を止め、肉屋は布をかけ、露店は半分以上が姿を消している。
「今日も、入らなかったか……」
老いた商人が、ため息をつく。
穀物は高騰したのではない。高騰する前に、流れそのものが途切れた。燃料も、薬草も、日用品も、すべてが“予定どおり届かなくなった”。
理由は、誰にも分からない。
だが、人々は気づき始めている。
これは一時的な不足ではない。
**王都という場所が、優先されなくなった**結果だと。
***
王城。
会議室では、もはや怒号すら上がらなくなっていた。
報告書は減り、代わりに白紙が増えている。把握できないものは、書きようがないからだ。
王太子レオンハルトは、椅子に深く座り込み、机の上の地図を睨んでいた。
「……なぜだ」
呟きは、誰にも届かない。
地方からの供給。商人ギルドの動き。備蓄の放出。どれもが、部分的には動いている。だが、全体が噛み合わない。
まるで――
「最初から、王都を中心にしていないようだ」
宰相グレゴールが、低く言った。
レオンハルトは顔を上げる。
「どういう意味だ」
「流れが、変わっています。意図的に」
宰相は地図の一点を指した。
辺境。
かつて、補助と支援を受け取るだけの土地だった場所。
「商人たちが、王都を経由せずに取引を始めています。地方同士で、直接」
「そんなこと……」
「可能です。効率は悪い。だが、“安定”はする」
レオンハルトは、言葉を失った。
王都が中心であることは、前提だった。疑う必要すらなかった。
だが今、その前提が崩れている。
王都を通さなくても、世界は回る。
その事実が、彼の胸を締めつけた。
***
同じ頃。
辺境の小さな集落では、井戸の周りに人が集まっていた。
「水路を少し変えれば、畑が増える」
「倉庫は、あの空き地を使おう」
「交易路は、北を回った方が早い」
中心にいるのは、一人の若い女。
派手な服も、権威を示す印もない。ただ、静かに話を聞き、必要な時だけ言葉を挟む。
「無理はしないでください」
「今は、続く形を作りましょう」
その声は穏やかで、誰かを命令するものではなかった。
だが、不思議と人は従う。
彼女の示す案は、誰かを犠牲にしない。少しずつだが、確実に“続く”。
人々は、まだ知らない。
彼女が、かつて王国全体を同じように支えていたことを。
ただ、今は――
**ここが、回っている**。
***
王城の高い窓から、レオンハルトは王都を見下ろしていた。
灯りは減り、人の流れは鈍い。
彼は、ようやく理解し始めていた。
失ったのは、財務担当でも、帳簿係でもない。
国を“国として回すための視点”だ。
それを、自分は無能と切り捨てた。
「……戻ってきてくれと言えば」
呟きは、風に消える。
その言葉が、届く場所はもうない。
なぜなら――
翌月、王都から消えたのは、
**穀物でも、金でもなく、中心であるという自覚そのもの**だったからだ。
そしてその空白は、静かに、確実に――
別の場所で埋まり始めていた。
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