第20話 非常宣言案
港町の炎が鎮まった翌日。
王城評議室には、これまでにない緊張が漂っていた。
円卓の中央に置かれた書簡。
提出者――アーネスト・グラン=カリオ。
「非常宣言の発動を提案します」
彼は立ったまま、静かに告げた。
ざわめきが広がる。
「内容は」
アルヴェルトが問う。
「王任期制の一時凍結」
「王権の一時強化」
「国難においては、迅速な決断が必要です」
視線が一斉に私へ向く。
「任期制は国家の不安定要素となっています」
「市場は揺れ、軍は不安を抱き、民は分裂している」
「今は改革より安定を優先すべきです」
論理は明快だ。
港の炎、通貨の下落、国境の緊張。
全てが“改革の揺らぎ”と結びつけられる。
*
「つまり」
ユリウスが言う。
「王の期限を撤回せよ、と」
「撤回ではない」
アーネストは首を振る。
「凍結です」
「危機が去るまで」
危機はいつ去るのか。
誰が判断するのか。
その問いは口に出されない。
*
レティシアが低く言う。
「軍は揺れていない」
「だが不安はある」
アーネストは即座に返す。
「兵は王の安定を求めている」
「期限付きの王は、士気を削ぐ」
セラフィナの言葉がよぎる。
――守るべきは国です。
若者は王ではなく、国を見ている。
*
「陛下」
アーネストが正面から私を見る。
「今は威厳を示す時です」
「退くと言った王ではなく」
「立ち続ける王を」
円卓が静まる。
私はゆっくりと立ち上がる。
「非常宣言は、強い」
静かに言う。
「だが強さは、依存を生む」
「今、任期制を凍結すれば」
「外圧で改革を止めたと見られる」
「市場は安定するかもしれません」
「だが疑念は残る」
アーネストは眉を寄せる。
「疑念より混乱が問題です」
「混乱は抑えられます」
「疑念は積もる」
短い沈黙。
「私は退くと宣言しました」
「それを撤回すれば」
「王の言葉は軽くなる」
評議室の空気が張り詰める。
王が自らの言葉を守るかどうか。
それは制度の根幹だ。
*
「ではどうするのです」
アーネストが問う。
「危機は現実です」
「港は燃え、市場は揺れ、軍は睨み合っている」
「王はどう責任を取る」
私は一歩前に出る。
「責任を取るために、改革を進めます」
ざわめき。
「任期制は凍結しません」
「王位選出制への移行を加速させます」
衝撃が走る。
「危機だからこそ」
「制度を明確にする」
「曖昧さが不安を生む」
「ならば明確に」
円卓の一部が息を呑む。
*
アーネストは言葉を失う。
「……今は火に油です」
「いいえ」
私は答える。
「火は曖昧さで燃えます」
「進むと示せば、方向が見える」
それは賭けだ。
だが立ち止まれば、外圧に屈する。
*
評議は紛糾した。
賛否は拮抗。
結論は保留。
だが非常宣言は通らなかった。
*
夜。
アーネストは廊下で足を止める。
「進めるのか」
呟く。
彼は王を守りたい。
だが王は、自ら王を削ろうとしている。
それが忠誠か、破壊か。
*
王城、執務室。
私は一人、灯りの下に立つ。
非常宣言は退けた。
だが危機は続く。
市場は再び揺れ始めている。
国境では、兵が動いている。
港の傷は癒えていない。
王は立つ。
だが立ち続けるためには、進むしかない。
第二次再編。
それを宣言する日は近い。
静かな戦争は、頂点へ向かっている。




