第31話 空白の三日
王太子レオンハルトが退位を宣言してから、王城には奇妙な静寂が落ちていた。
歓声もなければ、歓喜もない。
ただ――空白。
王はまだ存在する。
だが次の王は、まだ正式ではない。
三日の猶予。
それは儀式準備のための時間ではなく、
王国が最後に揺れるための時間だった。
***
王都の広場。
「血を否定するのか!」
「王家の誇りはどうなる!」
小規模ながら抗議が起こる。
剣は抜かれていない。
だが言葉は鋭い。
王太子派の一部貴族が、密かに不満を煽っていた。
同時に――
「実績で選ばれるなら、支持する」
「少なくとも安定している」
商人や民衆の一部は冷静だった。
王国は、割れている。
だが崩れてはいない。
***
王城の執務室。
アルヴェルトは報告を受けていた。
「急進派が再び集まり始めています」
「抑えろ」
即答だった。
「戴冠前に血を流せば、全てが無意味になる」
「ですが、兄上の退位を裏切りと見る者も」
「裏切りではない」
アルヴェルトは静かに言う。
「責任だ」
その言葉は、兄を認める響きを持っていた。
***
一方、辺境。
イリスはいつもと変わらず帳面を開いていた。
「王都の小麦価格、上昇傾向です」
フィオナが報告する。
「暴動の余波ですね」
「はい」
「抑えますか?」
レティシアが問う。
命じれば、商会が動き価格は安定する。
だが――
「動きません」
イリスは静かに答えた。
「なぜだ」
「まだ王ではありません」
その一言が重い。
「責任のない介入は、均衡を崩します」
レティシアは苦笑する。
「本当に、変わらないな」
「変わる必要がありません」
王になる前も、後も。
やることは同じ。
***
夜。
王城の回廊で、レオンハルトが一人立っていた。
三日。
その間に、彼は何度も自問した。
逃げたのではないか。
諦めたのではないか。
だが答えは一つだった。
――違う。
守れなかった。
だから退いた。
足音が響く。
イリスだった。
「呼びましたか」
「いや」
レオンハルトは首を振る。
「ただ……話しておきたかった」
短い沈黙。
「恐れているか」
「ええ」
イリスは迷わず答える。
「王になることを?」
「いいえ」
少しだけ目を細める。
「王であり続けられないことを」
レオンハルトは息を呑む。
それは、自分が向き合えなかった問いだ。
「俺は……」
言葉が途切れる。
「王であろうとした。だが、王である意味を知らなかった」
イリスは静かに言う。
「意味は、即位してからも問い続けるものです」
レオンハルトは、わずかに笑った。
「なら、問い続けろ」
「はい」
それは、最後の命令でも、懇願でもなかった。
ただの継承だった。
***
三日の最終日。
隣国から最後通告が届く。
「統治体制が確定しない場合、国境の安全確保措置を強化する」
圧力。
時間は残されていない。
王城の鐘が鳴る。
評議の招集。
王国は、選ばなければならない。
血か。
均衡か。
空白の三日は終わる。
そして、王は――
選ばれる。




