第29話 臨界点
王都の朝は、静かに崩れ始めた。
最初は市場の一角だった。
「また税が上がるのか」
「兵を出して、引いて、結局何が残った」
不満は小さく、だが確実に広がっていた。
倉庫の前では、商人が帳簿を閉じる。
「王都を通すと、利益が出ない」
数字は、感情よりも速く動く。
その日の午後、ついに石が投げられた。
王城の外壁に当たった小さな石。
だが、それは象徴だった。
***
王城・謁見の間。
「暴徒を鎮圧すべきです」
軍務卿の声は硬い。
「秩序を示さねば、さらに広がります」
レオンハルトは玉座の前で立ち尽くしていた。
兵を出せば鎮まるだろう。
だが、それは何度目の“剣”になる?
「鎮圧すれば、何が残る」
低い問い。
「秩序です」
「恐怖だ」
短く言い返す。
沈黙。
宰相が静かに進言する。
「辺境へ援助要請を出しては」
その言葉は重い。
王都が、辺境へ助けを求める。
レオンハルトの拳が震える。
だが――
「出せ」
絞り出すような声だった。
***
一方、王城の奥では別の動きがあった。
第二王子アルヴェルトの急進派支持者が武装し、王位継承の即時再検討を要求。
「王は血ではなく実績だ!」
その叫びは、もはや裏ではない。
アルヴェルトは即座に命じた。
「武装を解け。これは私の意志ではない」
だが火はついた。
王国は、内と外から揺れている。
***
辺境。
王都からの使者が到着する。
その顔には疲労が刻まれていた。
「王都は……支援を求めております」
小屋の中が静まり返る。
レティシアが口を開く。
「今さらだな」
「違う」
イリスは静かに言った。
「今だからです」
使者は続ける。
「暴動が拡大しています。商会も撤退を検討し始めました」
「国境の状況は」
「隣国が軍を展開」
空気が一気に冷える。
王国は臨界点に達していた。
***
その夜、イリスはカインとエリオットを呼ぶ。
「王都が崩れれば、王国は分裂します」
カインが頷く。
「商会も割れる」
エリオットは言う。
「隣国は“保護”を名目に介入するでしょう」
それは侵略と同義だ。
「では、どうする」
レティシアの問い。
イリスは答える。
「鎮圧しません」
全員が彼女を見る。
「暴動は、力で止めれば次を生みます」
「では?」
「均衡を提示します」
意味を測りかねる空気。
イリスは続ける。
「王位の再定義を、公にします」
***
王都へ送られる書簡。
差出人:辺境統治代表 イリス。
内容は簡潔だった。
――王位の再編案を提示する。
王都、王弟、公国、商会代表。
全員を王城へ集めること。
「王は血で決めない」
その一文が、波紋を広げる。
***
王城。
書簡を読んだレオンハルトは、目を閉じる。
これは挑戦か。
いや。
救いだ。
彼は理解していた。
自分一人では、均衡を戻せない。
王国は、選ぶしかない。
血か。
実績か。
それとも――
新しい王か。
窓の外では、まだ怒号が響いている。
だが王城の内側では、もっと大きな決断が近づいていた。
王位は、もはや継承の問題ではない。
国家存続の問題へと変わっていた。
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