第28話 王位の影
王城の奥、私室。
第二王子アルヴェルトは、窓辺に立っていた。
「公国は、辺境を窓口と認め始めました」
側近が報告する。
「王都は形式上の承認だけを求められている状態です」
「形式だけ、か」
アルヴェルトは小さく笑った。
「王都が形式になったら、何が残る?」
側近は答えない。
王とは、形式か。
それとも実効か。
兄であるレオンハルトは、剣を抜いた。
だが剣では流れを止められなかった。
「兄上は、まだ王太子だ」
「ですが、支持は……」
「落ちている」
アルヴェルトは静かに言い切る。
「民は安定を求める。誇りではなく、明日を」
そしてその“安定”をもたらしているのは――
「辺境の女か」
その名を口にする。
「イリス」
***
王太子レオンハルトは、宰相と向き合っていた。
「公国の報告は読んだ」
「はい」
「辺境を窓口とする、と」
「実務上は、です」
「実務が中心だ」
苛立ちではない。
理解が、彼を苦しめている。
「王とは何だ」
不意に問う。
宰相は、少し間を置いて答える。
「王とは、均衡の責任者です」
レオンハルトは目を閉じる。
均衡。
自分は、それを崩したのではないか。
「密使を出す」
やがて、低く言った。
「辺境へ」
***
辺境。
夜半、静かに一騎の馬が到着する。
王城の紋章を隠した使者。
レティシアが出迎える。
「王太子殿下より、書状を」
イリスは、封を切る。
短い文章だった。
“対話を求む”
それだけ。
***
小屋の中。
レティシアが苛立つ。
「今さらか」
「今だからです」
イリスは落ち着いている。
「公国が動き、王都内部も揺れています」
「王位の話か」
「いずれ」
彼女は書状を閉じる。
「ですが、これは王位の話ではありません」
「何だ」
「均衡の話です」
***
翌日。
王都の一室で、アルヴェルトが別の報告を受ける。
「兄上が辺境へ密使を?」
「はい」
「焦っているな」
アルヴェルトは微笑む。
「ならば、こちらも動こう」
「どうなさいますか」
「民に問いを投げる」
その目が鋭くなる。
「王とは誰か」
***
辺境での会談。
イリスは、密使と向き合う。
「殿下は、王国の安定を望んでおられる」
「望むだけでは足りません」
静かな返答。
「具体的な提案は?」
「辺境の自治拡大を認める代わりに、外交は王都へ」
レティシアが鼻で笑う。
「都合がいいな」
イリスは考える。
自治拡大。
形式上の王都中心維持。
均衡は保てる。
だが――
「王太子殿下は、王位をどうお考えですか」
密使は一瞬、言葉を失う。
「それは……」
「均衡を保つ意思はありますか」
問いは鋭い。
これは条件交渉ではない。
王の資質を問う問いだ。
***
王都。
アルヴェルトは民衆集会を開く。
「王国は今、選択の時にある」
広場に人が集まる。
「血か、実績か」
その言葉が波紋を広げる。
王位継承問題は、もはや内部の話ではない。
民も、商人も、国外も見ている。
王は、生まれるのか。
選ばれるのか。
***
辺境の夜。
イリスは空を見上げる。
王位は望まない。
だが、流れが集まり続けるなら――
責任は、避けられない。
王国は、いま分岐点に立っている。
剣ではなく、数字でもなく、
――王という存在そのものが問われ始めていた。




