第24話 外から見る王国
王国の西方、海を挟んだ先に位置する小国――セレスタ公国。
その首都セレノアの一室で、一人の男が書類を閉じた。
「……想定より早い」
エリオット・レーンは、机上の地図を指先でなぞる。
王都を中心に引かれた交易線。その一部が細くなり、代わりに辺境を通る線が太くなっている。
「駐屯を選んだのですね」
補佐官が言う。
「ええ。感情で選んだ」
エリオットは淡々と答える。
「合理ではなく、威信を優先した」
紙を一枚抜き取る。
王国の財政推移。税収の微減。軍事費の増加。商会の動き。
「三か月は持ちません」
「崩れますか?」
「いいえ」
エリオットは首を横に振る。
「崩れはしない。だが、中心は移る」
視線が、辺境へと落ちる。
「興味深いのは、こちらです」
辺境。
正式な自治宣言もない。王位もない。だが、流れが集まり始めている。
「中心は、宣言で決まらない」
彼は小さく笑った。
「回っているかどうかで決まる」
***
辺境。
兵の検査は続いているが、混乱は起きていない。
イリスは、商人と短く言葉を交わしていた。
「検査時間は?」
「平均三刻弱」
「以前より短縮していますね」
「兵も疲れています」
商人は苦笑した。
駐屯は王都の負担だ。兵も人間。長引けば摩耗する。
「王都は引きますか」
「いずれ」
イリスは帳面を閉じる。
「問題は、その後です」
「後?」
「空白が生まれます」
兵が引けば、空白ができる。
その空白を、誰が埋めるか。
***
数日後。
辺境に一人の旅人が現れる。
目立たない外套。軽装。だが視線は鋭い。
「交易の視察に」
名乗りは簡潔だった。
「エリオット・レーンと申します」
カインは、その名を聞いた瞬間に理解する。
「……セレスタの」
「ええ」
穏やかな笑み。
「観測です」
***
小屋での会談。
エリオットは、率直だった。
「王都は、三か月以内に兵を引きます」
レティシアが眉を上げる。
「なぜ分かる」
「財政構造を見れば分かります」
彼は紙を差し出す。
王国の収支予測。維持費。交易減少率。
「剣は高い。数字は残酷です」
イリスは、その紙を静かに読む。
「……正確ですね」
「あなたも同じ結論でしょう?」
「ええ」
エリオットは、初めて興味を隠さなかった。
「では、次は?」
「次?」
「兵が引いた後、王都は何を選ぶと思いますか」
沈黙。
イリスは答える。
「内部の調整に入ります」
「具体的には?」
「責任の所在を探す」
レティシアが小さく息を吐く。
「政争か」
「ええ」
エリオットは、満足げに頷く。
「つまり、王都は内向きになる」
それは、外から見れば好機だ。
「セレスタは動きますか」
イリスが問う。
「動くでしょう」
即答だった。
「弱った中心は、空白を生みます。空白は、埋められる」
「奪うのではなく?」
「奪うのは下策です」
エリオットは微笑む。
「選ばれればいい」
その言葉に、イリスは目を細める。
「あなた方は、王国を選びますか」
「王国を、ではありません」
彼の視線が、真っ直ぐイリスに向く。
「中心を選びます」
小屋の空気が変わる。
王都ではない。
辺境でもない。
“中心”という概念そのもの。
***
夜。
レティシアが呟く。
「国外まで動き出したな」
「ええ」
イリスは空を見上げる。
これは、もう王都との争いではない。
王国の位置そのものが、問われている。
「あなたは、何を目指しているのですか」
昼間のエリオットの問いが蘇る。
王になる気はない。
だが――
流れが集まり続ければ、
いずれ誰かが名を与える。
中心に。
兵は、まだいる。
王都は、まだ王都だ。
だが世界は、すでに動いている。
王国は、もはや内側だけで完結しない。
そして――
その中心がどこにあるのかを、外が見始めていた。
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