第23話 削れる王都
駐屯から、二週間。
目に見える衝突はなかった。
兵は規律を守り、辺境は従順を装い、商人は静かに通過する。
――だが、数字は嘘をつかない。
***
王城・財務局。
「……想定より早い」
財務官の声が、かすれていた。
「駐屯維持費が、予測の一・二倍に達しています」
「なぜだ」
軍務卿が苛立つ。
「輸送コストです。辺境への往復距離が長く、補給効率が悪い」
「中継拠点を作れ」
「その費用が、さらにかかります」
机の上に積まれた帳簿が、音もなく重くなる。
「税収は?」
「微減が続いています」
「微減だろう」
「ですが、二週間でこの数字です」
財務官が紙を滑らせる。
線は、緩やかだが確実に下がっている。
レオンハルトは、それを見つめた。
急落ではない。
だからこそ、判断が難しい。
「まだ大丈夫だ」と言える余地がある。
だが――
「商会の動きは?」
宰相が問う。
「ヴァイスハルト商会は、辺境経由を維持」
「他は?」
「三社が王都への入荷を半減」
半減。
その言葉が、空気を変えた。
***
一方、辺境。
兵の検査は続いている。
倉庫前で足止めされる商人。荷の確認。書類の照合。
レティシアは、それを黙って見ていた。
「遅いな」
「ええ」
イリスは、帳面を見ながら答える。
「平均で、一回あたり三刻」
「長すぎる」
「ですが、拒否すれば対立になります」
彼女は、淡々と数字を書き込む。
遅延時間。取引減少率。輸送コスト上昇。
フィオナが、横で呟く。
「……王都の方が、減ってる」
小さな声だった。
だが、確信があった。
イリスは頷く。
「兵の維持費は、王都が払っています」
「ここは?」
「検査で遅れるだけ」
レティシアが息を吐く。
「削り合いか」
「いえ」
イリスは静かに言う。
「削られているのは、主に王都です」
***
その頃、ヴァイスハルト商会本部。
重役たちが集まっていた。
「王都が本気で締め始めた」
「このままでは、対立構図が固定する」
「辺境に賭けるのは早いのではないか」
意見は割れていた。
カインは黙って聞いている。
「王都はまだ王都だ」
「だが、流れは動いている」
「兵を置かれては不安定だ」
沈黙の後、カインが口を開いた。
「我々は、どちらに忠誠を誓うのではない」
全員の視線が向く。
「回る場所に投資する」
それだけだった。
だが、覚悟の言葉だった。
***
王城。
「ヴァイスハルトが撤退を検討しているとの情報が」
報告が届く。
レオンハルトの表情が固まる。
「撤退?」
「全面ではありません。しかし、新規投資は凍結」
凍結。
それは、信頼の停止だ。
軍務卿が言う。
「兵を増やせば、抑えられる」
財務官が即座に否定する。
「増やせば、赤字が拡大します」
会議室に、亀裂が走る。
「ではどうする!」
怒声が響く。
だが答えは出ない。
剣は抜いた。
だが、その剣が守っているのは何か。
中心か。
それとも、体面か。
***
夜の辺境。
兵の焚き火が、遠くで揺れている。
イリスは、それを見つめながら言った。
「あと一月」
レティシアが振り向く。
「何がだ」
「王都の余力です」
その声に、感情はない。
「兵を引かなければ、財政が耐えません」
「引かなければ?」
「……内部から割れます」
レティシアは、言葉を失う。
これは戦だ。
だが、血は流れていない。
流れているのは、信用と金。
そして王都は、気づかぬうちに削られている。
剣を抜いたのは王都。
だが削られているのも、王都だった。




