第21話 剣か、数字か
王城・軍務会議室。
空気は、これまでとは質が違っていた。
「これ以上の放置は危険です」
軍務卿が低く言う。
「物流の乱れは、やがて兵站に直結する。兵站が揺らげば、軍の統制も揺らぐ」
机上には地図が広げられている。
王都を中心に描かれた交易路。その一部が、薄くなっていた。辺境を経由する新たな線が、代わりに太く描き足されている。
目に見える“変化”だった。
「軍を動かすべきです」
若い将官が言い切る。
「辺境は王領の一部。統治権の確認として、駐屯を行う。違法ではない」
「駐屯だと?」
王太子レオンハルトが顔を上げる。
「武力ではなく、秩序維持の名目です」
言葉は穏やかだが、意味は明白だった。
兵を置く。それは圧力だ。
宰相グレゴールが、静かに問いかける。
「駐屯した場合、商人はどう動くとお考えですか」
「王都の威光を再認識する」
「あるいは」
宰相は視線を上げる。
「武力で押さえ込まれたと判断し、完全に離れる可能性もあります」
沈黙。
軍務卿が苛立つ。
「では、何もしないのか」
「している」
レオンハルトが低く言う。
「税制も、通行規制も出した」
「効いていません」
短い否定だった。
その一言が、会議室をさらに冷やす。
***
一方、辺境。
レティシアは、商人の一団と話していた。
「王都が兵を出すかもしれない?」
「噂です」
商人は小声で言う。
「ですが、検問が増えています。護衛も強化されている」
レティシアの表情が険しくなる。
「駐屯名目なら、違法ではない」
「ですが、空気が変わります」
商人は続ける。
「兵がいる場所を、商人は好みません。流れは重くなる」
レティシアは、唇を噛む。
剣を持つ者として、その理屈は痛いほど分かる。
兵は守る存在だ。だが同時に、緊張を生む。
***
その夜。
小屋で、イリスとレティシアが向かい合っていた。
「王都が本気で来るかもしれない」
レティシアが言う。
「ええ」
「怖くないのか」
「怖いですよ」
即答だった。
レティシアは、目を見開く。
「……意外だな」
「武力は、計算を壊します」
イリスは淡々と言う。
「数字は予測できます。剣は、予測できません」
「だから?」
「だから、来る前に決めます」
レティシアは身を乗り出す。
「何を」
「剣で来るなら、数字で迎えます」
意味が分からず、眉を寄せる。
「どういうことだ」
「兵が来れば、維持費がかかります」
イリスは帳面を開く。
「駐屯費、補給費、治安維持費。辺境の生産力を上回る負担になります」
「……つまり?」
「“置くほど赤字”にします」
レティシアは、しばらく言葉を失った。
これは抵抗ではない。
迎撃でもない。
**疲弊させる戦い方**だ。
「王都は、今すでに削られています」
イリスは続ける。
「兵を置けば、削りは加速します」
「だが、威圧にはなる」
「短期的には」
静かな声。
「ですが商人は、重い場所を避けます。兵が増えれば、流れはさらにこちらに傾きます」
レティシアは、ゆっくりと息を吐く。
「……剣を抜かせることで、逆に詰ませるのか」
「剣は、最後の手段です」
イリスは視線を上げる。
「彼らに、それを選ばせるかどうか」
***
王城。
「辺境に駐屯を」
軍務卿が最終提案を出す。
レオンハルトは、沈黙する。
兵を動かせば、示威にはなる。
だが同時に、失敗は許されない。
「……数字はどうだ」
ふいに、彼は問う。
「駐屯の維持費は」
財務官が即答する。
「現在の収支状況では、長期は困難です」
短期なら可能。
だが、効果が出なければ負担だけが残る。
レオンハルトは、拳を握る。
剣を抜けば、後戻りはできない。
抜かなければ、削られ続ける。
「……剣か、数字か」
誰にともなく、呟く。
その選択は、王都の未来を決める。
そして同時に、辺境の未来も。
王都はまだ決断していない。
だが、時間は――
どちらにも平等に流れている。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




