第20話 包囲網
王城の会議室は、久しぶりに熱を帯びていた。
「これ以上、放置はできません」
財務官が机を叩く。
「辺境を中継とした流通が拡大しています。税も通行料も王都を経由しない。これは事実上の逸脱です」
「逸脱ではない」
宰相グレゴールが低く言う。
「法に触れてはいない」
「しかし、王都の収入が減っている!」
声が荒れる。
王太子レオンハルトは、黙って聞いていた。
机の上には、数字が並んでいる。税収の推移。商会の動き。倉庫残量。軍需費。
どれもが、じわじわと減っている。
急落ではない。
だが、確実に削られている。
「……制裁を出す」
やがて、彼は言った。
空気が張り詰める。
「辺境を経由した取引に、追加税を課す。王都を通さない商会には、入城制限を」
財務官が頷く。
「強い姿勢を示すべきです」
グレゴールは、静かに問いかけた。
「その結果、どうなるとお考えですか」
「商人は戻る。王都が中心だと示せばいい」
レオンハルトは断言する。
だが、その声に確信は薄い。
「……商人は、示された中心には戻りません」
グレゴールの声は、冷静だった。
「回っている中心へ向かいます」
会議室に沈黙が落ちる。
「では、何もしろというのか!」
「いいえ」
宰相はゆっくりと言う。
「何かをするなら、構造を変える必要があります」
「構造?」
「王都が選ばれる理由を、再構築するのです」
だが、それが最も難しい。
なぜなら――
王都はこれまで、“選ばれ続ける前提”で動いてきたからだ。
***
制裁は、それでも発令された。
形式的な追加税。
王都入城の手続き厳格化。
だが、商人たちの動きは鈍らなかった。
むしろ――静かに、さらに王都を避け始めた。
「通らなくても、回る」
それが証明された瞬間だった。
***
一方、辺境。
カインは、再び訪れていた。
「王都が動きましたね」
イリスに言う。
「ええ」
「動揺は?」
「ありません」
即答だった。
実際、集落では大きな変化はない。
取引は継続されている。商人たちは経路を工夫し、追加税の影響を最小限に抑えている。
「王都は“締める”ことで戻すつもりでしょう」
カインは穏やかに言う。
「ですが、締めるほど流れは細くなり、別の場所へ向かう」
「水と同じです」
イリスが静かに答える。
「堰き止めれば、別の道を探します」
カインは笑った。
「あなたは本当に、水で考える」
「流れは、同じです」
***
その頃、王都では小都市の代表たちが密かに集まっていた。
「制裁に従うか?」
「従えば、流通が止まる」
「辺境経由なら、安定している」
決断は早かった。
王都への忠誠よりも、住民の生活を選ぶ。
それは裏切りではない。
生存だ。
***
王城。
「……小都市が、辺境側に?」
レオンハルトの顔色が変わる。
「正式な離反ではありません」
グレゴールは答える。
「ただ、優先順位が変わっただけです」
また、その言葉。
優先順位。
王都は、第一ではなくなった。
それは宣言もなく、戦もなく、ただ数字で示される現実だった。
「……包囲されている」
誰かが呟く。
軍ではない。
商会でもない。
**流れに**。
レオンハルトは窓の外を見る。
城壁は高い。
兵はいる。
剣もある。
だが――
包囲網は目に見えない。
それは、税と信頼と判断の網だった。
***
辺境の夜。
イリスは、静かな灯りの下で帳面を閉じる。
数字は安定している。
急増も、急減もない。
それが、今は何より重要だ。
「王都は、まだ大きい」
レティシアが言う。
「ええ」
「だが……追いつけないな」
イリスは空を見上げる。
追いかける物語ではない。
追われる物語でもない。
ただ、流れを止めないこと。
王都が締めれば締めるほど、距離は開く。
包囲網は完成していない。
だが、確実に形を成しつつある。
剣を抜かないまま、
王都は初めて――
孤立の輪郭を見た。




