第12話 剣を捨てた騎士
辺境の街道に、甲冑の音は似合わない。
そう思ったのは、イリスだけではなかった。
昼下がり、集落の入口に立つ一人の女騎士を見て、人々は遠巻きに様子を窺っていた。赤い短髪。使い込まれた外套。腰には剣が一本だけ下げられている。
だが、その歩き方には、王城で鍛えられた者特有の癖があった。
「……ここか」
女は周囲を見渡し、呟く。
その視線が、イリスとぶつかった。
一瞬だけ、互いに相手を測るような沈黙。
「お前が、王都から追放された女か」
率直すぎる言葉だった。
「そうです」
イリスは、同じくらい率直に答えた。
女は鼻で笑う。
「ずいぶん、のんびりしているじゃないか。王都は今、ひどい有様だぞ」
「そうでしょうね」
否定しない。
それが気に入らなかったのか、女は一歩近づいた。
「なぜ、何もしない」
「しています」
「どこがだ」
イリスは、集落の奥を指差した。
畑で働く人々。水路を覗き込む子供たち。倉庫の前で荷を整理する男たち。
「まだ、結果が出ていないだけです」
女は、苛立ちを隠そうともしなかった。
「そんな悠長な話じゃない。王都では人が困っている。剣を振るえば、少なくとも秩序は守れる」
「剣で、水は増えません」
イリスの声は静かだった。
その一言に、女の動きが止まる。
「……名前を聞いていない」
「イリスです」
「私はレティシア・グランツ。元、王国騎士団副団長だ」
周囲が、ざわつく。
だが、イリスの表情は変わらない。
「なぜ、ここに?」
レティシアは、一瞬だけ視線を逸らした。
「……戦っても、何も変わらなかった」
吐き捨てるような言葉だった。
「守れと言われ、斬れと言われ、命令通りに動いた。その結果が、今の王都だ。剣を振るう先が、もう分からなくなった」
彼女は腰の剣に手を置く。
「それでも、私は剣しか知らない。だから――」
「だから、力で解決しようとする?」
イリスが言葉を継いだ。
レティシアは、睨みつける。
「違うと言いたいのか」
「違いません」
イリスは首を振る。
「ただ、それは“最後の手段”です」
沈黙。
風が吹き、砂埃が舞う。
「ここでは、まだ使う段階ではありません」
「お前は、何を基準に判断している」
レティシアの声は低い。
イリスは少し考え、答えた。
「壊れるかどうかです」
「……何?」
「剣を使えば、必ず何かが壊れます。今、この集落は壊れていない。だから、壊す必要がない」
レティシアは、言葉を失った。
それは、彼女が一度も考えたことのない基準だった。
「王都は?」
問い返す。
「もう、壊れ始めています」
イリスは、淡々と言った。
「だから、今から剣を振るっても、止まりません」
レティシアは歯を食いしばる。
正論だ。だが、受け入れがたい。
「……お前は、冷たいな」
「いいえ」
イリスは、彼女を真っ直ぐに見た。
「私は、続く形を選んでいるだけです」
その視線に、レティシアは一瞬だけ怯んだ。
剣を捨てたわけではない。
だが、振るう理由を、失っていた。
「……しばらく、ここにいさせろ」
しばらくして、レティシアは言った。
「何をするかは、分からない」
「構いません」
イリスは頷く。
「ここでは、役割は自然に決まります」
レティシアは、その言葉を理解できないまま、集落を見渡した。
剣を持たずに、何かを守る。
そんな戦い方が、本当にあるのだろうか。
彼女はまだ、その答えを知らない。
だが――
剣を抜かずに立つ場所が、ここには確かに存在していた。
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