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婚約破棄された地味令嬢は、辺境で国を再建する ~無能扱いした王太子が後悔してももう遅い ―捨てられたのでお金の管理をやめたら、王都が崩壊しました  作者: 桜庭ルナ


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第1話 帳簿を閉じる音

本作は「婚約破棄」から始まりますが、

すぐにざまぁで終わる物語ではありません。


剣を振るう代わりに、数字で戦います。

怒鳴る代わりに、流れを整えます。


気づいたときには、

“中心”が変わっている。


そんな物語を、ゆっくりと描いていきます。


少し静かで、少し重たい成り上がりをお楽しみください。

 王城の控え室は、舞踏会の喧騒から切り離されたように静かだった。


 分厚い扉の向こうでは、楽団の音色と笑い声が渦を巻いている。けれど、この部屋には時計の針が進む音と、紙をめくる乾いた音しか存在しない。


 私は机に向かい、最後の帳簿に視線を落としていた。


 羊皮紙に並ぶ数字は、もう何度も確認したものだ。税収、穀物備蓄、交易収支、軍需費。どれもが王国全体を支える重要な数値であり、ひとつ狂えば国は簡単に傾く。


 それを、私は黙々と整理していた。


 今夜は舞踏会だ。王太子の婚約者として、華やかなドレスを纏い、貴族たちの前に立つ日。鏡に映る私は、淡い色のドレスを着ているものの、どこか場違いだった。宝石も、過剰な装飾もない。


 侍女が不安げに声をかけてくる。


「イリス様……そろそろお時間です。皆様、広間に集まられております」


「ええ、分かっています」


 そう答えながら、私は最後の数字に線を引いた。


 帳簿を閉じる。


 その音は驚くほど小さく、しかし、胸の奥にだけははっきりと響いた。


 ――今夜、王太子殿下から「話がある」と言われていた。


 その言葉を思い出し、少しだけ胸がざわつく。婚約して三年。私は王太子妃として表に立つことは少なかったが、裏方としてできることはすべてやってきたつもりだった。


 もしかしたら。


 ほんのわずかに、そんな期待がよぎる。


 これまでの働きを、ようやく認めてもらえるのではないか。そうでなくとも、今後の方針について話があるのだろう。王国の財政は決して楽観できる状況ではない。


 私は席を立ち、帳簿を棚に戻した。


 そして、舞踏会の広間へと向かう。


 ***


 広間は眩しかった。


 無数の蝋燭が煌めき、絹と宝石に身を包んだ貴族たちが談笑している。音楽は優雅で、誰もが今夜が祝福の日であると信じて疑っていない。


 王太子レオンハルト殿下は、壇上に立っていた。


 その隣には、純白の衣を纏った聖女アウレリア。柔らかな微笑みを浮かべる彼女に、視線が集まっている。


 私は定められた位置に立った。


 その瞬間、音楽が止まる。


 ざわり、と空気が揺れた。


 レオンハルト殿下が、はっきりとした声で告げる。


「本日をもって、私は――イリス・アルヴェーンとの婚約を破棄する」


 一瞬、理解できなかった。


 次の瞬間、広間がどよめく。


 視線が一斉に私へと集まり、まるで値踏みするかのように刺さった。


「理由は簡単だ」


 殿下は私を見ていなかった。正確には、“私そのもの”を見ていない。


「彼女は無能だ。感情もなく、王妃としての資質に欠けている。これ以上、国の未来を任せるわけにはいかない」


 耳鳴りがした。


 無能。


 その言葉が、奇妙なほど静かに胸に落ちてくる。


 誰かが小さく笑った。誰かが頷いた。誰も、異を唱えない。


 聖女アウレリアが一歩前に出て、慈しむような声で言う。


「イリス様……あなたのためにも、ここで終わりにしましょう。きっと、別の幸せがありますわ」


 ――優しい言葉だった。


 だからこそ、余計に残酷だった。


 レオンハルト殿下が私を見る。


「何か言うことはあるか?」


 ある。


 本当は、いくらでも。


 この国の財政が、どのように成り立っているのか。誰が調整し、誰が帳簿をつけ、誰が崩壊を防いできたのか。


 すべて、言える。


 でも。


 私は口を開かなかった。


 今、ここで言っても、彼らは理解しない。ただの言い訳として切り捨てられるだけだ。


 だから、私は一言だけ告げた。


「……承知しました」


 それだけだった。


 騒然とする広間で、私の声は不思議なほど澄んでいた。


 その後のことは、淡々と進んだ。


 辺境への追放。称号の剥奪。持ち出し品の制限。


 すべてが、既に決まっていたかのように。


 ***


 夜。


 私は自室で、最後の仕事をしていた。


 王城の金庫に保管されていた帳簿を整理し、印章を外す。記録は封じ、誰の手にも渡らないようにした。


 机の上には、何も残らない。


「これで……終わりですね」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


 私は、ただ役目を終えただけだ。


 翌月。


 王都の市場から、穀物が消えた。


ここまでご覧いただきありがとうございます。


当面の間は、1日に3話を投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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