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増殖と捕食の呪術コード  作者: 都桜ゆう


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第3章

 啓介は解析に用いた古書、すなわち呪術書をカバンに押し込み、製作者の居場所へと向かった。

 その場所は市の中心部から離れた、地図上では既に半ば廃墟と化している古いアパートの一室だった。アパートの廊下はカビと腐臭が漂い、剥がれた壁紙が陰鬱な空気を際立たせていた。昼間だというのに、廊下の奥は深い影に沈んでいる。啓介は唾を飲み込み、軋む階段を上り、最上階の突き当たりの部屋に辿り着いた。

 扉は施錠されていなかった。啓介がそっとドアを開けると、彼は息を呑んだ。

 部屋の壁全体が、黒い染みで覆われていた。それは、カビや湿気による染みではない。あの「呪いのソースコード」に書かれていたものとよく似た呪文の羅列が、人間の手によって、黒く、びっしりと書き込まれていたのだ。呪文は床から天井までを埋め尽くし、部屋全体が巨大な呪符と化している。その筆跡からは、製作者の尋常ならざる執念と恐怖が伝わってきた。

 部屋の中央には、マザーボードが焦げ完全に壊れたPCの残骸が、まるで墓標のように置かれていた。啓介は、これが製作者が使っていたPCだとすぐに察した。そしてその壊れたPCの傍らに、一冊の日記帳が落ちていた。

 啓介は震える手でそれを開いた。日記には、製作者が最初、純粋な興味から呪術の力をデジタルで再現しようと試みたこと、そしてそれが制御不能な呪いとして暴走し始めた経緯が克明に記されていた。

『私は古代の呪術が、現代のITに載せ替え可能なのか、純粋に強い興味を抱いただけだ。デジタル化した呪文は、驚くほどその性質を発揮した。

 最初、私はその成功を単純に喜んだ。この発見、この事実を多くの人に見せたいとも考えた。

 だが、それは書き込んだ私自身の手でも、消去できないという事実を知ってしまった。コードは生きている。私の言葉、私の思考を読み取り、まるで私を食い破るかのように、どんどんと成長していく。

 これが動作するのなら、同じ呪術がそれ自体をも消し去ってくれるだろう。そう考え付いた私は、壁一面の呪術で取り囲むことで、対象を停止、または消し去ることを試みた。

 PCが破壊されたことを見ると上手くいってくれるといいのだが』

 日記はここまでで途切れている。

「製作者は失敗したが、なんとかしてこれは削除しなければ……!」

 啓介は、持ってきた自分のPCとポケットWi-Fiをバッグから取り出し、問題のサイトを開いた。中には、ここに来る前よりも、さらに進化したあの呪いのコードが映し出されている。

 彼は、自身が持つ知識の全てを動員し、もう一度このコードとの闘いを開始した。

 呪文の構造を理解した今なら、そして壁一面の呪術に取り囲まれたこの場所でなら、なんとか無効化できるかもしれない。

 彼は、こう考えた。消そうとするから拒否される、ならば自身のコードの一部分を、自分自身の別のパートにコピーする呪文なら、結果的に破壊コードとして動作し、機能を停止させられるのではないか。と。変化し続けるコードと競うように、なんとか目的のコードを追加し終えた。

 勝手に書き換えられないうちにと、すぐさま実行ボタンを押した。その瞬間、彼のノートPCのモニターの青白い光は激しく点滅し、室内の空気が急激に冷え込んだ。部屋の壁に書かれた呪文が、まるで光を吸い込むかのように、さらに濃い黒色に変化した。啓介のコードは意図したとおりに、動作を開始したようだ。

 画面に映し出される無数の文字列は、凄まじい勢いで重ね書きを繰り返し、啓介が作った事実上の削除プログラムが、正しく目的を実行しているように見えた。

 部分コピーが繰り返され、破壊されたかに見えたコードは、いつの間にか倍の大きさに、ほぼ元通りのコードと、それがそっくりコピーされた二つ分のコードに変化していた。コードそのものが生命体のように、自身の存在を頑なに守り、消滅どころか、細胞分裂のように倍化し切ってしまった。

 画面に写されたそのコードは、まるで戦いに勝利し、勝ち誇ったようにその場で強い光を放っている。

「ダメだ……、消せない!」

 啓介は叫んだ。

 彼は絶望的な状況下で、次の操作を試みた。だが、先ほどまでとは違い、ここにきてPCは、コマンドを受け付けず完全にフリーズした。画面が完全に静止したその瞬間、彼の背後から、微かな囁きのような声が聞こえた気がした。それは、複数の声が重なったような、異様な響きだった。

 そして、フリーズしたコードの最後に、新たな一文が、まるで血のように赤い文字で追加された。

『佐倉 啓介。次の製作者』

 啓介の名前が完全にソースコードに書き込まれた。同時に、モニター全体が赤く染まり、冷酷で無感情なメッセージが表示された。

『あなたは次の製作者です。追加された伝播機能として、貴方をここにお迎えします』

 その瞬間啓介の視界が歪んだ。彼は、強烈な吐き気と目眩に襲われ、体の感覚が急速に失われていくのを感じた。

 自身の精神がデジタルな情報へと変換され、ソースコードの一部となり、世界に呪いを拡散する新たな起点となってしまったことを悟った。

 彼が見た最後の光景は、青白いモニターに映る、無数の文字列の渦だった。彼はそのまま、意識を失い、廃墟の床に崩れ落ちた。部屋の壁に書かれた呪文が、静かに光を放ち始めた。


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