目が覚めたら地球防衛軍の総司令官になっておった
「おぉ……、見ろ、咲子」
わしは天国の妻に話しかけた。
「おからにカビの花が生えたぞ。赤、緑、白……綺麗じゃないか」
天国の咲子はいつものように口に手を当て、クスクスクスと笑った。
「まぁ、あなた。また面白いことをおっしゃいますのね!」というように。
タッパーに入れたおからの煮物はそれまで彩りがなかった。ところどころに人参の赤が浮いているだけの、白っぽい茶色のかたまりじゃった。
年金だけでは食っていけぬ。
おからで二週間もたせようと思ったのだが、さすがに無理じゃった。
しかし見た目にはとても綺麗なことになった。まるでお花畑じゃないか。
しかし、こんなことになるのなら、食いしん坊なんかになるんじゃなかった。
82歳のジジィにこんな食欲があるのがおかしいのかもしれないが、わしはわしだ。腹ペコジジィなのだ。
唯一の頼みじゃったおからも食えんようになった。
全財産は残り34円……。
このまま餓死して妻のところへ行くのもまぁ、悪くはない。
そう思いながら、わしはもう目覚めぬつもりで、せんべい布団に潜った。
目覚めると、そこは作戦司令室じゃった。
おおきな窓の外は宇宙空間で、遠くに青い地球が見えておる。
「総司令官! ご決断を」
若い女性将校がわしに決断を迫る。
わしはボケたフリをして、聞いた。
「……はて。何の決断じゃったかのう?」
「予算を割り振ってください。地球を滅亡させないための……総司令官殿の手腕にすべてがかかっております」
堅苦しい軍服に身を包んだ女性将校は、若い頃のばぁさんに似ておった。厳しさの中に優しさを湛えた目つきも、黒い三つ編みもそっくりじゃ。
わしは試しに彼女の名を呼んでみた。
「サキコ……」
「はっ! 何でありましょうか」
ビンゴじゃ。
わしは遠くに輝く地球に目を移し、ピシッと背筋を伸ばすと、言った。
「おまえのために全額使いたい。地球防衛軍の予算、おまえにすべてやる。好きに使うがよい」
「ふざけないでください」
渾身のラヴ・アピールを冗談にして流された。
説教をするように、サキコから聞かされたことによると、今、地球は宇宙人の侵略から必死で耐えている状態であるらしい。
宇宙人どもは我が物顔でコンビニからフライドチキンを強奪し、スーパーマーケットからは惣菜コーナーのからあげを盗み出し、民衆は食べるものがなくなって苦しんでいるのだそうだ。
わしは言った。
「からあげ以外を食えばいいんじゃね!?」
サキコが首を傾げて、問う。
「たとえば?」
「おからじゃ」
わしは即答した。
「おからはいいぞ。分類上は食糧ではなくゴミじゃからめっちゃ安いし、それでいて栄養も豊富じゃ。見た目は地味じゃが、花が咲けば彩りもよくなる」
「なるほど!」
名案をわしは出したようじゃった。
今までは宇宙人と戦う兵士にしか、からあげは支給されていなかったようなのが、わしのおかげで庶民もおからを食べられるようになったのじゃ。おまけに予算が60兆円も節約できた。
「しかし……問題が」
「なんじゃ?」
「猫ちゃんの食事です。猫におからは食べられません。……私なら、余った60兆円すべて猫のカリカリを買うのに回しますが……いかがなさいますか?」
「当たり前のことをいうな! 猫さまのためにすべての金を使え!」
わしも妻も、病的なまでの愛猫家であった。
さぁ、楽しむぞ。
地球はわしら二人の物じゃ!




