53話 ぽこのいない仕事①
僅かな二日酔いだが、気分は妙にすっきりしている。
朝、目覚めたときに、ぽこを探すことに決めた。
外は、吹雪いているのだろう。窓に取りつけた板戸がカタカタと煩い。
置手紙があるとはいえ、雪解けもまだの中、一体どこに行ったというのか。
寒さは防げているのか、食べるもんは食べているのか、心配は尽きない。
待つより探す方が性に合っている。
風が弱まったら出るつもりで支度する。
暖炉で焼いた石を厚手の布袋に入れてポケットに忍ばせたところで、鐘が聞こえた。
教会の鐘とは違う甲高い音で、長い鐘が二回、間に短い鐘が一回。これはクエスト屋が冒険者を緊急で集める合図だ。
仮面祭りは各地から観光客が押し寄せるから、冒険者の出る幕はない。五年に一度の祭りのせいで、今、インマーグの街にいる冒険者は俺くらいのはずだ。
あぁ、全く間が悪い。
ぽこを探すはずが、冒険者のしがらみのせいで優先順位が変わってしまう。
苛立ちながら、全身鎧に防寒具をしっかりつけてクエスト屋に向かう。緊急集合では何が起こるかわからない。街に魔獣が出る可能性もある。
クエスト屋に着いたら、先に青いマントを着た長い金髪のエルフがいた。ウシュエだ。
振り向いて俺を一瞥すると、クエスト屋所長に向き直す。
そういえば、ウシュエも冒険者だったか。
普段、緑屋敷で研究ばかりなので、すっかりウシュエへの認識が変わってしまっていた。
クエスト屋所長は、俺が入って来たのを見て、頷いた。
「遭難者が出た。救出に向かう」
野太い声で緊急の要件が告げられた。
一瞬、ぽこが脳裏に浮かぶ。
「一体誰が?」
「五十七歳男、露払いに出たまま戻らない」
ぽこじゃなかった。
こっそり安堵し、言われた情報が理解できずに繰り返す。
「露払い?」
露払いと言えば、高貴な身分の者の先に立って道を案内する役割のことだ。今回の場合なら、この先の道が通行可かどうか先に見に行ったってことだろう。
「インマーグから山に入って、尾根伝いに隣国へ抜ける道を調べに行ったまま戻らない」
「出たのは?」
「日の出前だ」
ウシュエが肩をすくめた様子からもわかるが、無茶な仕事ぶりだ。薄暗い中、見知らぬ土地。ましてや吹雪いていた可能性が高い。
「二人では無理ね」
「俺も出る」
クエスト屋所長の元へ、その娘である受付が防寒具を運んできた。
一刻も早く救出に出るために、俺も重い鎧を外し始めた。
少しでも身軽になって、動ける方がいい。
捜索するのなら、ぽこも探せる。
隣国へ通じる赤壁山は、ぽこの実家がある山だ。厳しい寒さの中、全く知らない山へ行ったとは考えにくい。
「それでもたった三人じゃない」
ウシュエも俺を倣って鎧を外しながら文句を言う。
「褒賞は一人、大金貨一枚だぞ」
大金貨一枚ってのは気前のいい話だが、この場合、金の話ではない。あっちもこっちも人命が懸かっている。
ぽことて、同じだ。ぽこは金では買えない。
嫌な予感に唾が苦くなる。
「遭難者は元冒険者だ」
俺たち冒険者ってのは、社会的立場は弱い。ごろつきよりはマシって程度だから、相互自助の精神がある。
「俺は行く」
防寒具を首元まで閉めて、返事次第ではすぐに出発するつもりの俺を見て、ウシュエは反対しなくなった。
「ベテランさん、道案内よろしく」
俺を先頭で雪をかきながら進む。クエスト屋所長とウシュエが後ろから小さなソリを引っ張りながらついて来る。クエスト屋所長が飼っている犬が放たれた。
ぽこは犬が苦手なのだが、かえって逃げてしまわないだろうか。
心配しながら、赤壁山を目指す。
積もった雪で一面真っ白だ。むき出しの肌が痛い。
「こりゃ、時間と勝負だな」
行き倒れてしまえば、凍え死ぬしかない。理想は風の当たらぬ場所で体力を温存させておいてくれることだ。
林を抜け、山へ上がっていく。
「こんな無茶な天気で山へ登るだなんて、どういう了見かね」
死にに行くようなもんだ。
雪に慣れた者のすることではない。
だから、きっとぽこは大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
今は幾分風も弱まっている。
捜索するなら今の内で、天候が悪化すれば切り上げることも考えねばならない。
「任務だ」
クエスト屋所長の返事にウシュエが鼻を鳴らした。
「事情は話せないってわけね」
「察しが良くて助かる」
金遣いの荒さが、昨夜の酒場を思い出させた。宿屋の丁稚が上等な酒を買い求めた。おまけに、クエスト屋所長は事情を言えぬらしい。
こりゃ、お貴族様が絡んでやがんな。
余計なことに首を突っ込むのは止しておこう。
高貴なお方は、冒険者なぞ命の数とも思っていない。
だから、悪天候でも露払いに出されたのだろう。
仕事である遭難者救出と、ぽこを心配する気持ちが混ざって複雑だ。
ただ確実なのは、時間との勝負ってこと。
赤壁山への道は、イエティのいる雪ヶ岳連峰よりは傾斜が緩い。
犬たちは先へ先へと走っていき、丘の上で鼻をひくつかせ匂いを嗅いだ後、また走り出した。
道を外れてなけりゃいいが。
針葉樹の林に入る。
降り積もった雪が、音を立てて木から落ちる。
「木陰、風向きの反対方向をよく見てくれ」
犬が見逃した可能性もあり、目で確認するために散らばる。
林の中は、風が塞がれて体感温度が幾分かマシになる。それを知っていれば、こういう場所で待機しているはずだ。
しかし、ぽこも、遭難者はいなかった。
次へ向かうために、振り返ったとき、殺気を感じた。
魔術の詠唱が聞こえる。
ウシュエへと走る。
向こう側から、クエスト屋所長が同じように駆け寄るのが見えた。
ウシュエの前には、狼がいた。
一匹だけとは珍しい。
低く身体を構え、飛び掛かろうとしている。しかし、すぐにしないのは、先ほどのウシュエの魔術を警戒しているのだろう。
狼へ、小型斧を投げる。
冷たい空気を切り裂く回転音に気づいて狼はウシュエから距離を取った。
加勢に入った男二人に気づいて狼は逃げてしまった。
狙い通りだ。
「あぁ! 仕留めればいい材料になったのに!」
こんな時でも、ウシュエは魔術研究が優先らしい。
元冒険者といえど、遭難者もこうとは限らない。ましてやぽこは狼が苦手だ。
狼の前では自慢の化け術を維持できない。
「先へ急ごう」
遠くから犬の吠え声が聞こえる。何か見つけたらしい。
犬へと走り出し、いつの間にかウシュエとクエスト屋所長を引き離した。





