51話 ぽこのお暇①
これ、何だろうか。
明け方、人間型のぽこに身体を寄せられて目覚める日が続いている。
寝ぼけて身体に触れてしまうこともあり、大変困っている。
はっきり言えば苦行である。
三十すぎになっても、ベッドの中で女に身を寄せられれば、理性を保つのはなかなか難しい。
本能に任せて楽しむ相手ではない。
何しろ、ぽこはたぬきだ。
たぬき寝入りで耐えていると、目覚めたぽこが狼狽えて、着衣が乱れてやしないか確かめているから、わざと誘っているわけではないらしい。
それにしても、だ。
「旦那様、美味しいですか?」
仕事も終わり、夕食を食べながら、ようやくくつろいでいると、ぽこが俺の背後に立った。
俺の首に両腕を回して、後頭部に額をつけてくる。
椀からスープを啜っている最中で、驚くし、火傷しないか心配するわで、戸惑ってしまう。
「ふふふ。いつも見上げてばっかりだから、顔が近いの嬉しいです」
甘えっぷりに辟易している。ことあるごとに手を繋ごうとし、腕に抱きついて来る。
こんな露骨な行動は今までなかった。
「食べてるときくらい集中させてくれ」
「だって、家の外じゃ駄目って言ってましたよね?」
おかしい。
元々積極的ではあったが、ぽこには慎みがあると思っていた。
実際、雪が積もってクエスト屋にも行けず、狭い家に二人っきりの時期でさえ、ぽこはで籠作りに精を出し、働きすぎだと注意せねばならないほどだった。
保存食をいかに旨く食べるか二人で楽しんだ。
それが、仮面の祭りが終わった頃から、日増しに大胆になってくる。
俺とて、男として、女に甘えられるのは嫌いではない。
だが、物事には限度というものがある。
首に回された腕をほどいて、食事に集中する。
食卓に戻ったぽこは食欲がないらしく、つまらなそうに椀を掻き混ぜてはため息をついている。食欲がないのも珍しい。
この日の夜中、ぽこはまた眠っている最中に人間に化けた。
その感触に妙な夢まで見てしまい、寸前のところで目が覚めた。
「うわっ!」
飛び起きて、サイドテーブルのカンテラに火をつける。
「どうしました?」
ぽこが眩しそうに目を擦って、身体を起こし、すぐに俺に背を向けた。
シャツははだけ、スカートも腰下まで降りているはずだ。
「未遂だ!」
「わかってます!」
心臓が喉から出るんじゃないかと思うほどで、頭を掻き、顎髭を撫でる。
デリケートな問題で、無自覚なぽこに対して、何と言えばいいだろうか。
言葉を慎重に選び、はやる鼓動を落ち着けながら、様子を伺う。
「寝てるときに人間になるのはやめて貰えないだろうか?」
服の乱れを直し終えたぽこが、こちらを振り返る。
「わざと人間になっているわけじゃないです」
「なら、ベッドをもう一つ作るか」
干し草が問題だが、入れ替える回数を半分に減らせばいい。キルトや布団がなくたって、どうにかなるだろう。
毎日夜中に起こされる方が身体に悪い。
「大丈夫です! たぬきのままでいますから!」
俺とて、毎夜たぬきのもふみを堪能することは捨てがたい。ここのところは意見が一致しているのだがなぁ。
無理だろうな。
できないことを強要しても、仕方ないと頭の中ではわかっている。
だが、俺にもできないことがある。
「どうしてそんな積極的なんだ。誘われてるって勘違いしちまいそうだ」
両手を上げて降参のポーズを取り、情けなさに乾いた笑いが出る。
「いっそ勘違いしてくれても」
「もっと自分を大切にしてくれよ」
ぽこの言葉を遮ると、ぽこはベッドを回ってきた。
真正面から俺の首に手を回して抱きつかれそうになり、一歩下がる。
カンテラの光にぽこの瞳が潤んでいるのが照らされる。
「好きな人とそういうことしたいって思うのの、何がいけないんですか?」
「いけないとは言っていない。俺はな。もっとこう、そういうのは自然な流れでだな」
説明していて、苛だつ。
本能と理性がせめぎ合う。
なぜこんな説明をせねばならぬのか。
短く悪態をつき、そのまま言葉がまろび出た。
「そもそもぽこはたぬきだろう?」
「私だって、こんな気持ち初めてで、どうすればいいのかわかんないんです」
ぐしゅぐしゅとぽこが泣き出してしまい、ほとほと困り果てる。
据え膳食わぬは男の恥とか、準備ができた釜戸にはパン生地を入れるべきだとか、こういうときの話は色々あるが、恥でも「べき」でも何でもない。
状況に押し流されるよりも、気持ちが繋がった相手とした方が断然いい。
俺とぽこの間に子供が成せず、結婚するつもりもないのなら、その行為は俺がぽこを搾取するだけになる。
そんなことしたくない。
どうもしてやれず、そのまま床に寝転んだ。
「旦那様、そんなところで寝たりしたら風邪を引きます」
ぽこが何やら言うけれど、こんなの相手にするだけ泥試合だ。
目を閉じて、背を向け、無言を貫き通していたら、その内寝てしまえた。
翌朝、ぽこはいなくなった。





