50話 ぽこと仮面祭り
インマーグ地方は、主要都市から離れた山深い場所にある。おまけに、標高が高くて雪深いから、訪れる者といえば冒険者くらいなものだ。
たった一つの例外が、仮面の祭りだ。
五年に一度しか行われない仮面の祭りを見るために、雪の中でも客が来る。
冬を追い払い、春を求める人々の願いが込められた伝統行事だ。
この祭りを皮切りに、木々には新芽が付き始める。まだ雪は深いが春の息吹を感じられるようになる。
インマーグの人々は、木製の奇妙なお面を被り、それぞれの役を演じる。
大半は、掃除人の役をやる。
冬の間に起こった病気や死人などを掃き清める役だ。
掃除人の衣装は、伝統的な帽子と服で、ガラス玉や金属片、鳥の羽で飾られてとても煌びやかだ。
どの手にも箒が握られていて、街中をくまなく掃き清めながら、練り歩く。この時に、腰につけた鈴が盛大に鳴る。
掃除人の後に、二種類の魔女が現れる。
一つ目はバケツ一杯の水を持った魔女、二つ目は見物人の顔にススを塗る魔女だ。
バケツを持った魔女が現れると、観光客は一斉に逃げる。
逃げ遅れた者は、魔女から水をかけられる。寒くても容赦はない。
逆に、ススを持った魔女が現れると、我先に魔女に押しかける。
なぜなら、魔女にススを塗られた者は、この一年健康が約束されるからだ。
パレードの中の一つの出し物だが、皆熱心に塗られたがる。
互いの顔についたススを見て喜ぶのだから、おかしなものだ。
こうして、観光客を巻き込んで大騒ぎする中、俺が扮する熊が入ってくる。
鎖でつながれ、狩猟者に鞭打たれながらも、転げたり、狩猟者を襲ったりしながらの滑稽な寸劇を見せながら歩く。
仮面をつけているから、空気は薄いのに、ずっと動き続ける。
見ている分には楽しいのだが、これがなかなか大変だ。
インマーグに住み着いて十数年、この手の仕事は一度だって引き受けたことはなかった。それどころか通して見たこともない。
むしろ、割り当てられないように、必要以上に人と関わらず、それでも街の役に立つために雪かきなどの仕事を率先してきたのだ。
それがどうして……。
「旦那様!」
こんな仕事を割り当てられた元凶の声がした。
雪玉の出店で売り子をするぽこが、俺を見つけ、大きく手を振った。
思わず振り返すと、相方の狩猟者にみぞおちに肘を入れられる。
「ベテランさん、今は熊役でしょ」
観光客に聞こえないように小声で注意される。
仕返しに、狩猟者を後ろから羽交い絞めにして持ち上げ、ゆっくりと観光客の足元へと転がす。
迫力ある展開に、観光客が大喜びし、俺はガッツポーズを決めた。
「早よ進まんかい」
後方から来ていた最後の劇の団体の先頭を務める男に叱られて、渋々先に進む。
仮面の祭りの最後は、大きな山の形をした山車だ。
この山が中央広場に着いたら、山の中から毛むくじゃらの白い獣が生まれる。
その手には、白樺でできた箒、そして、腰には鈴鐘がつけられている。
大屋根山の主の繁殖と、幼獣を見た今だからわかる。
春を呼び込む仮面の祭りとは、つまり、彼らの繁殖のサイクルを表したものなのだ。
昔の人はそれを知っていて、後世に伝えるために寸劇の祭りを作ったのだろう。
もう少し真面目に街の行事に参加していれば、あんな目に遭わずにすんだのかもしれない。
❄
役目を終えて、熊の着ぐるみを脱ぎ、振る舞い酒のヴァダーを一杯だけ煽ってから、ぽこの元へ向かった。
雪玉の菓子は、飛ぶように売れていた。
インマーグ地方独特のものだし、手軽な値段帯、歩きながらでも食べられる手軽さから、観光客にうってつけなのだろう。
いつもの売り子の他、ぽこだけでなく、他にも臨時で住人が雇われている。
声をかけるのが躊躇われていると、八百屋の主人に見つかった。
「あぁ、ベテランさん! 今日はお疲れ様」
返事の代わりに手を上げる。
「今日は二人して活躍だね。ところで、宿り木のことだけど」
やれやれ、お節介なやつばかりだ。
こんな人目のある所にいたら、どんな質問攻めに遭うかわかったもんじゃない。
さりとて、ぽこの仕事が終わるまでには時間がかかりそうだし。
ふと思いついて、中央広場から家とは逆の方へ抜けた。
街外れまで歩くと、観光客もおらず静かなものだ。
誰にも踏まれていない雪をかいて、緑屋敷へと向かった。
煙突から煙が出ているし、ウシュエは人込みが嫌いだから、緑屋敷にいるはずだ。
ガーゴイルのノッカーを叩くと、中から気だるそうな声が聞こえた。
出迎えも待たずに中に入るのは、俺一人だから。
「新春おめでとう、ウシュエ」
「もう年が明けたの?」
ウシュエは疑うように目を細めた。
年が明けたのは少し前だ。日付の感覚がないらしい。
何やら呪文を唱えながら、粉を鍋に入れると、鍋から紫色の煙が上がった。
数を数えながら鍋を掻きまわし、ようやく俺を見た。
「丸薬を売ってくれ」
「駄目よ。もうオズワルドには売らないわ」
ウシュエは、俺相手に駆け引きなぞしない。そもそも商売で丸薬を作っているわけでもない。
彼女が駄目だと言えば駄目なのだ。
それは、注意勧告されたに関わらず、用法用量を守らずに使ったからだ。それも短期間に二度。
「仕方ないじゃないか。ウシュエの丸薬のおかげで、俺もぽこも、新人たちも生還できた」
ウシュエは、無言のまま俺を鋭い視線で見つめたままだ。
彼女もまた、仲間を失った経験者だが、パーティーメンバーの内、治癒士を失っているから、他の誰よりも、俺のことを理解しているだろう。
治癒士が仲間にいない時点で、俺は、盾役としては詰んでいる。
だから、俺は新人引率のような仕事しかしない。
「俺ぁ、盾役の冒険者としては死んだままだ。だが、丸薬さえあれば」
「なら、引退しなさいな」
ウシュエが言葉を被せて遮った。視線を外し、窓の外を見る。
視線につられて俺も外を見れば、俺のかいた路を、ぽこが歩いてくるのが見えた。
ウシュエが、引き出しから丸薬を一粒取り出して油紙に包む。
玄関扉を開けて、柔らかい声でぽこを呼ぶ。
「ウシュエさん! 新春おめでとうございます!」
「ぽこちゃん、新春おめでとう」
優しい声でまともな挨拶を交わし、ウシュエがぽこを出迎えた。
軽い抱擁をした後、ぽこに丸薬の入った油紙を握らせる。
「これは、あなたに預けるわ。いいこと? これが必要になってはいけないの。ぽこちゃんになら任せられるわね?」
ぽこが笑顔を凍り付かせて、頷く。
ウシュエが感じていることはよくわかる。
先日の大屋根山のクエストで、俺はかつての冒険者としての仕事を味わった。
あんな危険な目に遭いたくないというのが、普通の感覚だろう。
だが、冒険者って生き者はそうではない。
盾役ともなれば、輪をかけて狂っていると言っても過言ではない。
己が身体一つで切り込み、危険を打ち払っていく。その瞬間しか味わえない興奮がある。
興奮は快感となり、生きがいとなる。
そういう性なのだ。
治癒士のいない俺には無理なことだ。
頭の中ではわかっている。
冒険者として駆り立てられる部分と、いい歳なのだから引退しようと思う部分。
ぽこと一緒にいて、生きている喜びを味わい、盾役としてまた芽吹いた気持ちがあるのは否定できない。
「なぁに、まだまだ雪下ろしばっかで、安全そのものさ」
ぽこの後を追って、外に出ながらウシュエに言う。
緑屋敷を囲む木々には、新芽が出ているが、まだ硬い。





