49話 ぽこと雪飴
インマーグ地方では、新年を迎える前日から、新年の三日間、市場は開かれない。
一年の最後の夜中に、家族揃って教会へ行き、礼拝に参加して今年一年の罪を償う。日付が変われば、祝福の鐘が打ち鳴らされ、盛大な響きを聞きながら、各々の家へと帰宅する。新年を無事に迎えられた喜びを家族と噛みしめる三日間を過ごす。
教会に行かない俺とぽこは、仕事もなくのんびり過ごしている。
あまりにも暇で、久しぶりに飴を作ることにした。 カエデの幹に小さな穴を開けて、一晩かけてゆっくり拝借した樹液を回収する。
仕事となれば、いくつも仕掛けねばならないが、楽しむだけなので、バケツ一杯もあればいい。
「このさらさらの液体が、飴になるなんて考えられません」
バケツに入った透明の液体を指で舐めたぽこが、首を傾げる。
この辺りの子供ならお馴染みの飴なのに、ぽこは知らないと言う。
それぞれの家庭で楽しむために作る代物だから、たぬき界まで出回っていないらしい。
「俺も爺さんに年始に作ってもらったのを思い出してね」
樹液のゴミを取り除き、家の暖炉にかける。暖を取るために火はついているので、ついでのようなものだ。
「家中に甘い匂いがしますね」
煮詰まってくると、ぽこはそわそわと暖炉の前で番をし始めた。
焦げないように木杓子でときどき掻き混ぜてやり、透明だった液体はだんだん濃い蜂蜜色になってくる。
ぶくぶくと泡立ち、粘度が上がれば、仕上げだ。この見極めがなかなか難しいが、小さいときから見慣れていれば大したことではない。
たまの甘いもんに興奮した幼い俺も、ぽこのように煮詰める番をしたもんだ。
「どら、もういいだろう」
鍋を火から下げて中を確かめる。
「バケツ一杯あった液体が、もうコップ一杯程度しかありませんよ」
かつての俺が、爺さんに「もっと」とせがんだのを思い出し、唇の端が上がる。
外に出て新しく積もった雪の上に煮詰まったシロップを垂らす。
ねっとりとした飴によって雪が融け、その飴が冷えて固まり始める。
「ほらほら、固まっちまう前に巻き取れ」
小枝をぽこに渡し、俺も自分の分を雪の上に垂らした。
雪を巻き込みながら、だんだん冷えて固まるシロップを雪に押し付けるようにして巻けば、雪がまるで砂糖菓子のように飴に混ざる。
戸惑うぽこに見せるように、それを頬張った。
濃厚なシロップの香りに、こっくりとした甘さ。巻き込んだ雪がシャリっとして、うまい。
ぽこは固める加減が分からぬらしく、せっかく巻き付けた飴が糸を引きながら垂れる。
枝から離れた飴の塊を空中でキャッチして、指で雪の上を転がし直してやる。
木の枝が間に合わず、まぁいいかと人差し指を棒変わりに飴を形作る。
「ほらよ」
ぽこが俺の指ごと飴を口に含む。
口の中は熱く、まず氷が溶け、柔らかい飴もゆっくり溶ける。
唾液を嚥下する動きで、口中がすぼまり、舌が指に絡みついた。
えも言われぬ感触にいらぬことを想像してしまう。
ぽこは、雪飴が気に入ったらしく、舌で俺の指を舐った。
たぬきだから、毛づくろいで互いの身体を舐めるなぞ大した意味はないのだろう。
だが、俺は人間の男だ。
ぬるんと指を引き抜き、顔を合わせられずに、無言で次の飴を雪に垂らす。
次は、確実に木の枝で巻きつけ、ぽこに手渡した。
「やみつきになるおいしさです」
ぽこが二つ目の雪飴に夢中でかぶりつく。
黙ったまま俺も、自分の分を作る。
鍋の底にたまった飴をぽこが恐る恐る指に絡め、雪に絡ませた。
「はい。どうぞ」
お返しというわけなのだろう。俺にそれを舐れと差し出してくる。
「ぽこが食えばいい」
きっぱりと言うと、ぽこはすぐに自分で食べた。
「時間はかかるけれど、難しくないし、またやりましょう!」
無垢な素振りに、こっちが参ってしまう。
ぽこは雪飴が気に入ったらしい。
やましい気持ちを気取られないように、微妙な距離を取りつつ片付ける。
夕飯を食べるころには不自然さもなくなり、今日ばかりは、そろって夜更かしをした。
ぽこは、落ち葉のコレクションを並べ直し、俺は武器の手入れだ。
新年の鐘が街の方から聞こえてきて、どちらともなく二階のベッドへ収まる。
自然な一連の動きと、確かな温かさが心地いい。
去年の年の暮れは、一人で過ごした。
無味乾燥な四日間を送り、早く終わって欲しいとさえ思わなかった。
今思えば、心が死んでいたのだろうな。
「幸せだなぁ」
「ぽこも幸せです」
たぬき姿のぽこの頭を撫でる。
新しい年も、ぽこと一緒にいたい。
ようやくこう思えるようになった。
だが、それはぽこの決意ほどのものではないだろう。
この若い娘が、新しい可能性を見つければ、手放してやらねばならない。
古の薬で、ぽこが人間になる必要はない。
たぬきにはたぬきの幸せがあるはずだ。
何度も己の心に刻み直す。そうせねば、ぽこに執着してしまいかねないのだと気づいて、自嘲した。





