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たぬきの嫁入り2  作者: 藍色 紺
第8章 遠くへ旅立つために、茎を高く上げよ
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92話 ぽことお花見

 王都へ持っていく荷作りが大変だ。

 私物がないぽこと比べ、インマーグに十数年定住していた俺は、仕事道具が多い。

 王都での仕事は戦闘なぞないだろうが、染み付いた盾役としての意識から、全身鎧は外せない。武器は何でも使うから、厄介さが増す。

まず、一種類につき一つだけに絞ることにした。

 ずらりと並べた片手剣だけで七本。ここから一本に絞るのがまた難儀する。


 どの武器にも思い入れがある。

 こいつは持ちやすく、あっちは切れるポイントが広い。失くしたと思って諦めていたら、ひょんなことから戻ってきた代物もある。


 主要武器が決まれば、補助武器と、悩みは尽きない。


 ぽこは、畑の野菜を収穫し尽くすのに参っている。

 人にあげられる物はあげて、まだ成長途中の小さな葉は抜くには忍びないらしい。

 代わって抜いてやれば、捨てるところなく全て料理した。



 すっかり神経をすり減らしてしまい、熊の敷物の上で寝転がる。

すぐに、ぽこも隣で寝転がった。


「これでも他の家に比べれば、家財道具は少ない方だがなぁ」


「私は、家出前を思い出しました」


「ほぉ」


「持っていきたい物ばかりですが、荷物が減るとバレちゃいますから」


「なるほど」


「所詮、たぬきです。この身一つあればどうとでもなると思って、開き直りましたけどね」


 この思い切りの良さがぽこなのだろう。


「痺れるねぇ」


 ぽこの手をまさぐりあて、指に指を絡める。

 くすぐったいのか逃げられると、余計に捕まえたくなる。


「今日中に荷物をまとめて、明日は山に登ろうか」


「いいですね!」


 その後は、二人でどこに登るか話し合いながら、荷物を作った。



  ❄



 インマーグは山に囲まれている街で、ハイキングには事欠かない。

 ぽこは、最後に丸湖様を見たいと言った。

 インマーグの街中を流れている川は、丸湖様から流れ出で、我が家の近くを通り、インマーグの街を通る。

 いわばインマーグを象徴する川の源で、別れにふさわしいと言えよう。


 丸湖様まで登ったら、ぽこは俺を左奥の林へと案内した。

 林の手前でぽこが立ち止まって、俺を振り返る。


「これを頭に乗せていてくださいね。外しちゃだめですよ?」


 手渡されたのは、たぬきのお面だった。

 ぽこがしているように、頭に乗せて紐で括りつける。紐の先についた鈴が小さく鳴った。


 林に入れば、肌を焼いていた陽射しが木陰に入って和らぎ、目に優しい。

 薄暗い中、腐葉土の匂いを嗅ぎながら、手を繋いだぽこの背中を追いかける。


 林の奥の方に、ぼんやり明るい光を見つけた。

 門戸のない変わった門が目の前に現れた。二本の柱の上に長いのと短いのの二本の柱が渡っている。そこを抜けると、目の前が明るく開けた。


 薄水色の空に抜けて溶けだすような薄いピンク色の花が咲き乱れ、樹皮が黒い木が乱立している。

 太陽光が花びらに反射して、辺り一面がぼんやりと明るい。


「これは……」


 手を繋いだままだったぽこが、手を離して俺を振り返った。


「綺麗でしょう? ここはぽこの御先祖様がこの地に移り住んできたときに、ふるさとから移植した木が育った林だと言われています」


 見たことのない木は、数えきれないほどのピンク色の花を咲かせ、ひやりとするほど美しい。

 陽射しは温かく、目がかすむほどの美しさを目の前に、時折吹く冷たい風だけが俺を正気に戻す。


 何も言葉が見つからない。


「毎年、この時期だけ花が咲いて、里のたぬきたちは、毎夜お花見を楽しみます」


 ここはぽこの里の一部なのか。

 微笑むぽこから離れて歩き、この世のものとは思えない花のアーチを進む。


 細い枝先には、ぷっくりと蕾がついている。花を散らした元から鮮やかな黄緑色の葉を出しているのもあった。


 見事な花を堪能していたら、一本の枝が折れて垂れ下がっているのを見つけた。

 その木の根元に一匹のたぬきが倒れている。


こっそり近づいて見てみると、酒の瓶を腹に抱えて泥酔していた。

 規則正しいリズムでいびきをかき、幸せそうだ。


 たぬきたちの花見ってのは、おそらく飲んだり食ったりの大宴会なのだろう。

 ぽこやジョアン、レナが集まって誕生日会をしたときのことを思い出せば、彼らが宴会に慣れているのは想像できる。

 集まって酒を酌み交わし、あれこれ喋って、また酒を飲む。

 歌い出すのがいれば、踊りだすのもいるだろう。


 この見事な花の下でなら、いつもよりも盛り上がるのは請け合いだ。

 そして、深酒が過ぎれば、一匹だけ帰りそびれるというわけか。


 眠りこけるたぬきから離れ、頭上の花を見上げる。

 白ともいえるような薄い花びらが折り重なって、ピンクに見える。楚々としているのに、どこか怪しい美しさに見惚れる。





 気が付くと、ぽこの姿が見えなくなっていた。

 花に目を奪われて、歩く内にはぐれたらしい。


 見回すが、どこまでも花の木が広がっていて、ぽこの姿は見えない。


 頭に被ったたぬきのお面を手で確かめる。


 ここはたぬきの里で、おそらく人間が入ってはいけないはずだ。。

 たぬきたちは、きつねと交代で、山の深い地帯を守っていると言っていた。

 ということは、このお面は人間の俺をたぬきに誤魔化す術なのだろう。


 取り合えず、元来た方向へ戻り始める。


 本来、人間を連れて来てはいけない場所に連れて来てくれたのは、俺がたぬきの暮らしを知りたがったからかもしれない。

 里から出たぽこにとっては、勇気のいることだっただろう。


 王都へぽこを連れていくというのは、娶ることとそう変わらないと思っている。

 ぽこは、俺の決意を汲み取って、また一つ心の深いところまで受け入れてくれたのだろう。


 こんな美しい場所を捨てて、王都へ連れて行っていいのだろうか。

 そう思ってしまうほどのものがある。



 見覚えのある折れた枝を見つけ、根本を見るが、もう泥酔たぬきはいない。


 確かにこの辺りでぽこと離れたのだが……。


 もう一度見回す。


「ぽこ」


 声に出して呼ぶが、返事はない。


 明るい陽射しの中、まるで時が止まったかのような光景。

 散り落ちる花弁。


 森が揺れる音がした。

 花びらが舞い上がり、目の前が薄いピンク色で一色になった。


 目を眼をつぶって、突風が止むのを待つ。


 咄嗟に目を覆った腕を下げると、光の方にぽこの後ろ姿が見えた。


「おおい、ぽこ」


 声をかけたら、俺を振り返った。


 どこかぽこと違う。

 ぽこよりいくらかふっくらしていて、女の色香が匂い立つようだ。

 一筋縄ではいかぬような幾重もの仮面を被った眼差しに、心奪われる。


 ぽこは、俺を見ていつものように駆け出した。

 腕を広げて、飛び込んでくるぽこを抱きとめる準備をするが、そのまま俺を通り抜けた。

 まるで何もなかったみたいに自然に。


 ⁉


 通り抜けたぽこを振り返る。

 ぽこは、大きな身体を横たえた男に走り寄り、頭を胸に抱えた。


「旦那様! しっかりしてください!」


 叫びにも似た声が、俺に突き刺さる。


 これは、未来の俺たち?


「ぽこを置いて逝かないで!」


 嗚咽混じりの鳴き声、俺を抱いて揺り起こそうとするぽこの背中。


 薄く広がった心の膜が、鋭利な刃に切り裂かれる。

 残骸が、花びらと一緒に散り散りになった。



 衝撃に息をつめて耐える。


 まただ。

 冷たい汗が肌を伝う。


 俺は、幼い頃には爺さんと二人暮らしだった。他人と深く関わらずに生きるのは、当たり前だったが、癒えない寂しさを抱えていたように思う。

 迷いのなかった若いとき、俺は仲間たちを得て、やっとできた家族のようなもんに心の奥底まで晒した。意見をぶつけ合い、寝食全てを共にして、その温かさに安心したものだ。

そして、それを失った。

 あの絶望。


 立ち直るまでに、十年長かかった。ようやく心に弾力のある薄い膜が張った。

 それもこれもぽこのおかげだ。


 俺は、ぽこに同じ絶望を与えることになる。

 それが、王都だったら……。

 せめてインマーグなら、近くにレナやジョアンがいるのに。


 俺は――。





「旦那様?」


 心地いい声に我に帰る。

 目の前にはぽこがいた。

 確かめるように、もう一度見る。


「どうしましたか?」


 微笑んで小首を傾げる。


「いや、何でもない」


 ぽこに笑いかける。肩を並べて歩き出し、ひっそりと深呼吸した。


 もう離さないと決めた。


 美しい光景に不釣り合いな灰汁の強い決意。

 ぽこの指に指を絡める。



  ❄



 その三日後、インマーグの外れにある小さな小屋の玄関扉に、小さな張り紙が出された。


『暫く王都に行っており〼 ぽこ・オズワルド』


ここまでご愛読いただき、ありがとうございました。


『たぬきの嫁入り3』では、インマーグを離れて王都で生活し始めます。

新しい土地、新しい仕事、新しい人間関係。

あっぷあっぷな毎日で、ぽこは人間になる化け術を見つけられるのでしょうか。

よかったら『たぬきの嫁入り3』でも、1人と1匹を応援してください。


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