92話 ぽことお花見
王都へ持っていく荷作りが大変だ。
私物がないぽこと比べ、インマーグに十数年定住していた俺は、仕事道具が多い。
王都での仕事は戦闘なぞないだろうが、染み付いた盾役としての意識から、全身鎧は外せない。武器は何でも使うから、厄介さが増す。
まず、一種類につき一つだけに絞ることにした。
ずらりと並べた片手剣だけで七本。ここから一本に絞るのがまた難儀する。
どの武器にも思い入れがある。
こいつは持ちやすく、あっちは切れるポイントが広い。失くしたと思って諦めていたら、ひょんなことから戻ってきた代物もある。
主要武器が決まれば、補助武器と、悩みは尽きない。
ぽこは、畑の野菜を収穫し尽くすのに参っている。
人にあげられる物はあげて、まだ成長途中の小さな葉は抜くには忍びないらしい。
代わって抜いてやれば、捨てるところなく全て料理した。
すっかり神経をすり減らしてしまい、熊の敷物の上で寝転がる。
すぐに、ぽこも隣で寝転がった。
「これでも他の家に比べれば、家財道具は少ない方だがなぁ」
「私は、家出前を思い出しました」
「ほぉ」
「持っていきたい物ばかりですが、荷物が減るとバレちゃいますから」
「なるほど」
「所詮、たぬきです。この身一つあればどうとでもなると思って、開き直りましたけどね」
この思い切りの良さがぽこなのだろう。
「痺れるねぇ」
ぽこの手をまさぐりあて、指に指を絡める。
くすぐったいのか逃げられると、余計に捕まえたくなる。
「今日中に荷物をまとめて、明日は山に登ろうか」
「いいですね!」
その後は、二人でどこに登るか話し合いながら、荷物を作った。
❄
インマーグは山に囲まれている街で、ハイキングには事欠かない。
ぽこは、最後に丸湖様を見たいと言った。
インマーグの街中を流れている川は、丸湖様から流れ出で、我が家の近くを通り、インマーグの街を通る。
いわばインマーグを象徴する川の源で、別れにふさわしいと言えよう。
丸湖様まで登ったら、ぽこは俺を左奥の林へと案内した。
林の手前でぽこが立ち止まって、俺を振り返る。
「これを頭に乗せていてくださいね。外しちゃだめですよ?」
手渡されたのは、たぬきのお面だった。
ぽこがしているように、頭に乗せて紐で括りつける。紐の先についた鈴が小さく鳴った。
林に入れば、肌を焼いていた陽射しが木陰に入って和らぎ、目に優しい。
薄暗い中、腐葉土の匂いを嗅ぎながら、手を繋いだぽこの背中を追いかける。
林の奥の方に、ぼんやり明るい光を見つけた。
門戸のない変わった門が目の前に現れた。二本の柱の上に長いのと短いのの二本の柱が渡っている。そこを抜けると、目の前が明るく開けた。
薄水色の空に抜けて溶けだすような薄いピンク色の花が咲き乱れ、樹皮が黒い木が乱立している。
太陽光が花びらに反射して、辺り一面がぼんやりと明るい。
「これは……」
手を繋いだままだったぽこが、手を離して俺を振り返った。
「綺麗でしょう? ここはぽこの御先祖様がこの地に移り住んできたときに、ふるさとから移植した木が育った林だと言われています」
見たことのない木は、数えきれないほどのピンク色の花を咲かせ、ひやりとするほど美しい。
陽射しは温かく、目がかすむほどの美しさを目の前に、時折吹く冷たい風だけが俺を正気に戻す。
何も言葉が見つからない。
「毎年、この時期だけ花が咲いて、里のたぬきたちは、毎夜お花見を楽しみます」
ここはぽこの里の一部なのか。
微笑むぽこから離れて歩き、この世のものとは思えない花のアーチを進む。
細い枝先には、ぷっくりと蕾がついている。花を散らした元から鮮やかな黄緑色の葉を出しているのもあった。
見事な花を堪能していたら、一本の枝が折れて垂れ下がっているのを見つけた。
その木の根元に一匹のたぬきが倒れている。
こっそり近づいて見てみると、酒の瓶を腹に抱えて泥酔していた。
規則正しいリズムでいびきをかき、幸せそうだ。
たぬきたちの花見ってのは、おそらく飲んだり食ったりの大宴会なのだろう。
ぽこやジョアン、レナが集まって誕生日会をしたときのことを思い出せば、彼らが宴会に慣れているのは想像できる。
集まって酒を酌み交わし、あれこれ喋って、また酒を飲む。
歌い出すのがいれば、踊りだすのもいるだろう。
この見事な花の下でなら、いつもよりも盛り上がるのは請け合いだ。
そして、深酒が過ぎれば、一匹だけ帰りそびれるというわけか。
眠りこけるたぬきから離れ、頭上の花を見上げる。
白ともいえるような薄い花びらが折り重なって、ピンクに見える。楚々としているのに、どこか怪しい美しさに見惚れる。
気が付くと、ぽこの姿が見えなくなっていた。
花に目を奪われて、歩く内にはぐれたらしい。
見回すが、どこまでも花の木が広がっていて、ぽこの姿は見えない。
頭に被ったたぬきのお面を手で確かめる。
ここはたぬきの里で、おそらく人間が入ってはいけないはずだ。。
たぬきたちは、きつねと交代で、山の深い地帯を守っていると言っていた。
ということは、このお面は人間の俺をたぬきに誤魔化す術なのだろう。
取り合えず、元来た方向へ戻り始める。
本来、人間を連れて来てはいけない場所に連れて来てくれたのは、俺がたぬきの暮らしを知りたがったからかもしれない。
里から出たぽこにとっては、勇気のいることだっただろう。
王都へぽこを連れていくというのは、娶ることとそう変わらないと思っている。
ぽこは、俺の決意を汲み取って、また一つ心の深いところまで受け入れてくれたのだろう。
こんな美しい場所を捨てて、王都へ連れて行っていいのだろうか。
そう思ってしまうほどのものがある。
見覚えのある折れた枝を見つけ、根本を見るが、もう泥酔たぬきはいない。
確かにこの辺りでぽこと離れたのだが……。
もう一度見回す。
「ぽこ」
声に出して呼ぶが、返事はない。
明るい陽射しの中、まるで時が止まったかのような光景。
散り落ちる花弁。
森が揺れる音がした。
花びらが舞い上がり、目の前が薄いピンク色で一色になった。
目を眼をつぶって、突風が止むのを待つ。
咄嗟に目を覆った腕を下げると、光の方にぽこの後ろ姿が見えた。
「おおい、ぽこ」
声をかけたら、俺を振り返った。
どこかぽこと違う。
ぽこよりいくらかふっくらしていて、女の色香が匂い立つようだ。
一筋縄ではいかぬような幾重もの仮面を被った眼差しに、心奪われる。
ぽこは、俺を見ていつものように駆け出した。
腕を広げて、飛び込んでくるぽこを抱きとめる準備をするが、そのまま俺を通り抜けた。
まるで何もなかったみたいに自然に。
⁉
通り抜けたぽこを振り返る。
ぽこは、大きな身体を横たえた男に走り寄り、頭を胸に抱えた。
「旦那様! しっかりしてください!」
叫びにも似た声が、俺に突き刺さる。
これは、未来の俺たち?
「ぽこを置いて逝かないで!」
嗚咽混じりの鳴き声、俺を抱いて揺り起こそうとするぽこの背中。
薄く広がった心の膜が、鋭利な刃に切り裂かれる。
残骸が、花びらと一緒に散り散りになった。
衝撃に息をつめて耐える。
まただ。
冷たい汗が肌を伝う。
俺は、幼い頃には爺さんと二人暮らしだった。他人と深く関わらずに生きるのは、当たり前だったが、癒えない寂しさを抱えていたように思う。
迷いのなかった若いとき、俺は仲間たちを得て、やっとできた家族のようなもんに心の奥底まで晒した。意見をぶつけ合い、寝食全てを共にして、その温かさに安心したものだ。
そして、それを失った。
あの絶望。
立ち直るまでに、十年長かかった。ようやく心に弾力のある薄い膜が張った。
それもこれもぽこのおかげだ。
俺は、ぽこに同じ絶望を与えることになる。
それが、王都だったら……。
せめてインマーグなら、近くにレナやジョアンがいるのに。
俺は――。
「旦那様?」
心地いい声に我に帰る。
目の前にはぽこがいた。
確かめるように、もう一度見る。
「どうしましたか?」
微笑んで小首を傾げる。
「いや、何でもない」
ぽこに笑いかける。肩を並べて歩き出し、ひっそりと深呼吸した。
もう離さないと決めた。
美しい光景に不釣り合いな灰汁の強い決意。
ぽこの指に指を絡める。
❄
その三日後、インマーグの外れにある小さな小屋の玄関扉に、小さな張り紙が出された。
『暫く王都に行っており〼 ぽこ・オズワルド』
ここまでご愛読いただき、ありがとうございました。
『たぬきの嫁入り3』では、インマーグを離れて王都で生活し始めます。
新しい土地、新しい仕事、新しい人間関係。
あっぷあっぷな毎日で、ぽこは人間になる化け術を見つけられるのでしょうか。
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