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たぬきの嫁入り2  作者: 藍色 紺
第8章 遠くへ旅立つために、茎を高く上げよ
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91話 ぽこと別れの挨拶

「この仕事謹んでお受けいたします」


 いつもは厳めしい表情のクエスト屋所長が、何度も頷く。


「良かった! ようやく一歩踏み出せたな!」


 痛いくらいに背中を叩かれ、クエスト屋所長の湿った声に反省した。


 あぁ、この人は俺を大切に育ててくれたのだ。

 十年という長すぎる年月、苦しんでいたのは己だけではなかったと知る。


「あぁ、今日はいい日だ!」


 クエスト屋所長は何度も同じことを繰り返し、天井を見る。

 そんなの見せられたら、こっちまで湿っぽくなってしまう。


「はい。ぽこと二人で、まぁなんとかやります」


 昨日は余所余所しかったぽこだが、今日はずっと腕にくっついている。

 いつもなら振り払うが、今日はされるがままだ。

 昨日とは違った意味で咳払いされる。


「あの家はどうするつもりだ?」


「それなんですが、落ち着いてから考えようと思っています」


「まぁ、焦らずともいいわな」


 冒険者はクエスト屋に資産を預けることができ、遠く離れたところからも家の売買ができる。気心のしれたこの親父になら安心して任せられるだろう。


「いつ出る?」


「来週には」


「エミリアの護衛を依頼しよう。二人の乗合馬車の代金は俺がクエスト代として出す」


「ありがたく頂戴致します」


 護衛任務としては破格の高値だ。

 俺とぽこだけなら、徒歩で行くつもりだった。

 クエスト屋所長の餞別なのだろう。



  ❄



 その後、市場の馴染みの店へ挨拶に回った。


「新婚旅行だと思って気楽にやるといいよ」


「増築したってのに、大変だねぇ。まぁ、勝負ところってわけね」


 粉屋の夫婦に礼をし、ぽこは最後の籠を奥さんに売った。


「こんなに⁉ 頂けません」


 手の中の籠代を見たぽこが慌てるが、奥さんは、ぽこを抱きしめる。


「馬鹿をお言い! これはね、あんたがベテランさんを見限って、インマーグに帰ってくるときに必要なもんだよ。いいかい? これはあんたが持っておくんだ」


 粉屋の奥さんが、ぽこの肩越しに俺を睨みつける。

 「泣かせたら承知しないよ」とでも言いたげで、ぽこの母親のようなつもりだったのだろう。

 ぽこは、粉屋の奥さんに何度も礼を言った。

 クエスト屋所長も粉屋の奥さんも、金をくれたわけだが、こんなことは例外だ。


 二人揃って歩き出した後で、頬を濡らしたぽこの手を繋いだ。

 俺の腕に半身を隠すようにして歩く。


「別れがこんな寂しいなんて思っていませんでした」


「大事にしてもらってたのが改めて実感できるな」


 頷いたぽこの額が腕に当たる。


「やっぱりインマーグに残りたかったら、いつでも言ってくれ」


「それは大丈夫です」


 即答だが涙声だ。

 立ち止まり、道路の端に寄ってから抱き寄せる。


「ふわっ⁉ だっ旦那様、人前ですよ?」


「少し時間があるから、ゆっくり心の準備をしよう」


「……はい」


 俺は薄情な人付き合いしかしてこなかったが、ぽこはそうではない。

 家出をした後、必死に自分の居場所を作ってきたのかもしれない。


 ぽこが落ち着くまで、暫くそのままぽこの柔らかさを堪能する。


 もう離すつもりはない。


 家出したばかりのぽこが落ち着くのを待っている間に、育ってしまった己のエゴを、受け入れることにした。

 突然変わった俺の態度に、ぽこが戸惑っていて、その反応も楽しめる。


「息が……」


 もがくぽこを離すと、真っ赤な顔で恥ずかしがっている。

 自分からしてくる分にはいいのに、俺からされると照れ臭いとはどういうことか。


「こんなの誰かに見られたら何て言われるか」


 火照った顔を冷ますためか、両手で顔を仰ぎ、進行方向を見た。

 八百屋の娘が、口を開けて俺たちを見ていることにぽこが気づいた。


「アンナ! こっこれは違うの!」


「ちょっとちょっと! 突然進んだって感じ? アンナ姉さんに話してごらんなさいよ~」


 連れ去られるぽこを見送って、八百屋の主人に挨拶した。


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