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たぬきの嫁入り2  作者: 藍色 紺
第8章 遠くへ旅立つために、茎を高く上げよ
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88話 ぽことたぬき癖①

「いいですよ。話しましょう」


 ぽこは、熊の敷物に直に座った。俺も向かい合うように胡坐をかく。


「どこから話したものやら」


 言葉で隙間を埋めねば、話し合いすら中断しそうな無言の圧に、顎髭を撫でる。


「まずは、ぽこの誕生日のお祝いを台無しにしてすまなかった」


 頭を下げ、たっぷり時間を取った後、頭を上げる。


「いいですよ。ぽこももういい歳になりましたから、結婚の見込みのある男へ嫁いだ方が、ぽこのためになると思ってくださったんですもんね」


 その通りだが、そうではない。

 何を俺は話し合おうとしたのだろうか。

 ここで俺が、ぽこに一緒にいて欲しいと頼むとする。

 それで、王都に連れて行くのだろうか?


 中央での仕事を受けるかどうか、打診後に考えた。そして、手紙が来たら、ぽこと相談がしたかった。

 だが、今の状況ではとても、相談どころではない。


 事情が複雑に絡み合い、一言ではとても言えない。


「嫌味を言うのはやめてくれ。俺は話し合いがしたい」


「一方的に別れ話をされたのに、話し合い?」


「誤解だ」


 ぽこが顔を傾げる。


「あぁ、いや。わからん。自信がない。話し合っても、結局別れ話になるのかもしれん」


 ため息をついて、頭を抱える。


「ぽこは、最後まで話を聞けばいいんですね?」


 いつもの優しい声に、顔を上げた。ぽこの顔を見たら、寂しそうにほほ笑んでいる。

 ぽこには、目的を果たす実行力に、煮え切らない俺を待てる気の長さがある。その上、レナのどんぐりのブレスレットを許してから、心まで広くなったようだ。


「俺が煮え切らないのは、幾つも理由がある」


「人間とたぬきですし」


 ぽこの言葉に頷く。


「俺は、たぬきの暮らしを知らんから、ぽこがどのくらい我慢して、人間の生活に馴染もうとしているのか、想像もできない」


 ぽこの我慢強さは折り紙付きで、爆発したら家出をする程とも知っている。


「大したことないですよ」


「俺が知りたい」


「何を話せばいいのか――」


「今まで話さなかったのは、話したくなかったからだと思っていたが、どうだい?」


「家出娘としては、そうですね」


 ぽこが頷いた。


「俺には聞く準備があると知っていてくれたら、それでいい」


「私が人間になる話は、断固拒否なんですね?」


 腕組みをして、ぽこをじっと見る。


「お話を聞く番でしたね」


 ぽこの準備ができたところで、次の話だ。


「俺には、物心ついたときには爺さんしかいなかったから、家族ってもんも知らん。だから、ぽこを家族から奪っていいのかもわからん」


 ぽこが、俺の背後に視線を移した。暖炉の灰を見ているのだろう。

 昨日燃やしてしまった上蓋は、灰となったが、一部形を残している。


「ぽこがたぬきなのは問題じゃあない。子を成せずに、それで互いの幸せを失くすのが嫌なんだ」


「旦那様も、子供が欲しいですか?」


「正直分からん。家族を知らんからな。だから、自分のことより、ぽこの希望を叶えたい」


「私は、何度も考えました。ぽこの理想の家庭には子供がいて欲しいです」


「なら、俺も欲しい」


「種族変更の古の薬は必須になりますね」


「あぁそうだ。これはレナに提案されたんだが、ぽこが人間にならなくても、俺がたぬきになるっていう案もある」


 ぽこが暫く黙った。


「それは、実は私も考えたことがあります。旦那様が私にたぬきでいて欲しいって言った後です。でも、私はたぬきの里を出てますから、その案はないと思ってます」


 俺がたぬきになるのなら、たぬきの文化をより知ることで判断つくと思っていた。


「私が旦那様にたぬきになって欲しくないのと、旦那様が私に人間になって欲しくないのは、似てますね」


「そうだな」


 互いを思いやって、一歩踏み出す方向がずれている。

 意外だった。ぽこは、どんな手でも使うのかと思っていた。


 ぽこが、また遠い目をした。暖炉で薪が爆ぜる音がする。


「ぽこは、旦那様に夢中です」


 気付いたら、ぽこが俺をまっすぐに見上げていた。


「最初は優しいところや、ぽこの意見を尊重してくれるところが好きでした」


 七日後に出て行くと言われたまま撤回されておらず、この話がどこに続くのか分からない。


「旦那様にしてもらえる優しいことを、全部お返ししたくて、料理をしたり、仕事について行ったりしても、かなわないんです。旦那様の思いやりは深くて、底も広さも見えません。何をしても、笑顔でいいよって言ってくれるのが嬉しくて、寂しいです」


「ぽこは頑張りすぎだ」


「ぽこにできることは何でもしたい」


「十分してもらっている」


「ぽこは、旦那様のことを思うと、胸が苦しいです。好きなのに苦しいんです。これっておかしなことですか? 旦那様がズルしてるから苦しいんでしょうか?」


「ズルをしたくないから、お前さんに正直に話して、相談したかったのさ。それでこんな話になっちまってよ。相談するのもズルかもしれんがね」


 ぽこが顔を傾げる。


「苦しいのは、何か理想と現実に違いがあるからかもしれん。俺はぽこの理想とは違うだろう?」


 理想と現実の差に気が付いたとき、恋から醒めるのかもしれない。

 頼りがいのある年上の男が、煮え切らないズルい男だと気がついたときとか。


「いいえ。それを言うなら、ぽこが理想のぽことは違います」


 理想のぽこが何なのか聞かずともわかる。

 何と言えば、ぽこに俺の気持ちが通じるだろう。


「人間でなくたって――」


 熊の敷物の上で向かい合ったままのぽこを、力任せに抱き寄せた。

 動けずに固まったぽこの顎を、右手で上に向けさせる。

 何か言おうとした唇を塞いだ。


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