87話 ぽこと手紙
ぽこと並んで、クエスト屋へ向かう。
いつもなら、天気や植物の成長、夕食の相談など、ぽこがとりとめのない話をしてくれる。俺は元気なぽこを楽しんでいるだけでいい。
今日は、違う。
隣に並ばず、離れた後方からついてくる。
身長差もあり、俺がぽこの歩調に合わせるのが常だから、いつもよりもっと遅く歩いた。すると、もっと足を遅める。
なるほど、隣に寄るのも嫌らしい。
ぽこの突然の方向転換に、状況が理解できずにいる。
それほどぽこの言葉は衝撃的だった。
ぽこは昨夜二階に上がって来なかった。
運悪く増築が終わったので、新しい部屋で寝たようだ。
こんなことに使うために増築したわけではない。
干し草はまだ入れていないのに、どうやって寝たのか心配だが、しつこくしたら、今すぐ出ていくと言われるかもしれない。
すっかり臆病になってしまった。
❄
クエスト屋に入ると、クエスト屋所長自ら出迎えてくれた。
「来たか!」
大きなだみ声に笑顔で話出そうとして、止まった。
並ぶ俺とぽこを見て、いつもと様子が違うことに気が付いたらしい。
空咳を一つしてから、話の続きを始めた。
「ベテランさんに、中央から手紙が届いている」
「中央って?」
「王都にある国の冒険者支援中央委員会のことだ。略して中央」
ぽこの疑問に答えながら、薄い手紙を見る。
差し出された手紙は、ご丁寧に封蝋までされていた。刻印は、巻物と剣が交差したクエスト屋の印だが、中央を示す王冠で縁取られている。
腰からナイフを出し、封蝋へ差し込んで外す。
紙は中央らしく上等な代物で、流麗な文字に目を通す。
オズワルド殿
貴殿を、夏の第一月より、冒険者支援中央協会新人育成部門創設相談役に任命する。
ついては、冒険者支援中央協会ピーター・ウェインまで来られたし。
今は春の第二月だから、期日は来月のものだ。
「正式な依頼でした」
俺の言葉に、クエスト屋所長が表情を一層明るくする。
「そうか! やったじゃないか!」
所長は、俺が一角の冒険者になりたかった過去を知っている。時間がかかったが、ようやく中央に認められたことに、我が事のように喜んでくれる。
俺が諸手を上げて喜べないのを見て、顔色が曇った。
「まさか、受けないつもりか?」
「ちょっと考えさせてください」
脇で一部始終を聞いていたクエスト屋受付が、椅子から立ち上がった。
俺を見て悄然とする。
「あぁ、先に伝えておこう。エミリアだが、昇進試験を受けるために中央へ行くことになった。期間は三か月」
「そうですか。それはおめでとうございます」
祝いの言葉にクエスト屋受付は返事をしなかった。嬉しくないのだろうか。
「エミリアは、ベテランさんと同じタイミングで中央に行くために、試験勉強してたくらいでね」
所長がぽこを一瞥してからそう話し、俺の肩を二度叩いた。
「お前の人生だ。よく考えろ」
頷いて、今日のクエストを受けるために受付へ声をかける。
「今日はありません」
「ない?」
「その……。申し訳ありません。中央からのお話を受けると勝手に思っていたので、準備に必要かと思って、今日の分はご用意できておりません」
「そうか。わかった。また明日伺おう」
妙に大人しいぽこと一緒に、クエスト屋を出た。
ぽこは、何も言わずに家へ帰り始め、街に出たついでに買い物をしようとした俺は置いて行かれる。
声をかけても無駄で、振り向きもされず、仕方なく一人で買い出しをする。
市場では、レナが突然里に帰った話でもちきりだった。親しくしている八百屋の親父たちからは、ぽこがいないことを指摘された。
禄に返事もできずに、いつも買っているような物を、無計画に購入した。
❄
両腕に食料を抱え、我が家の玄関扉を開く前に、躊躇ってしまう。
ぽこが荷造りしていたらどうしよう。
荷造り? ぽこの私物を思い浮かべるが、殆ど何もない。
長い冬を共に過ごしたというのに、不自然なことだ。
ぽこの私物は、殆どが不思議な巾着ポシェットから出され、そこに仕舞われる。
今までは、たぬきだからだと思っていたが、本当にそうだろうか?
意図して、出て行きやすくするために私物を置いていないのかもしれない。
だとすれば、荷造りの時間と言ったあの言葉は、俺に心の整理をつけるための猶予をくれるということなのか。
あり得る。
七日間しか待たないというのも、それだろう。
玄関扉を開けられずに突っ立っていたら、中からぽこが出てきた。
俺を見上げてから、無言で畑を見やる。
「畑はどうします? 邪魔なら潰してから出ます」
ぽこが天塩にかけて育てている野菜は、温かい陽射しを受けて、葉がぐんぐんと成長している。蝶々が舞い、青虫を取る毎日だが、それすらも春らしいとぽこは喜んでいた。
毎日手入れされ、食事に出す。こんな幸せはなかったのに。
「待ってくれ。話をしよう」
ぽこが無表情で俺を見上げ、腕を組んだ。
俺がぽこの返事を焦らされるに十分な時間の後、ぽこは家へ入る。
後を追って、家に入り、買ってきた食料は食卓の上に無造作に置いた。
「いいですよ。話しましょう」
ぽこは、熊の敷物に直に座った。俺も向かい合うように胡坐をかいた。





