85話 ぽこと誕生日会①
「レナが結婚ですって!」
三匹が去った林を暫く見つめていたぽこが、片付け中の俺を手伝いに来る。
洗った食器を拭くぽこは、頬を上気させながら、次々と話す。
「いつかはレナも結婚するって頭では理解できてます。でも、レナは誰かに縛られるのは嫌だっていつも言ってましたから、驚いちゃったんです」
皿を洗い終わり、鍋を洗い、布巾で食卓を拭く間も、ぽこの話は止まらない。
「結婚相手にも、驚きました。あの方は物静かなたぬきで、レナを射止めるなんて想像できません! どっちからなんでしょうね⁉」
布巾を洗って干し、手が止まったままのぽこから、皿と布巾を奪うが、ぽこは仕事を取られたことにも気づいていない。
「レナの花嫁姿、綺麗でしょうね! どんな衣裳にすると思います? 一着とは限らないなら、何着まで許されるでしょうね?」
たぬき同士の結婚式の想像がつかない俺は、相槌を打つこともできずに、黙々と手を動かすばかりだ。
「レナに似た子たぬきが生まれたら! あぁ! 可愛いでしょうね! 親戚がみんなレナに夢中だった理由が、今になってわかります!」
結婚の話題が、将来の子供にまで発展したところで、疑問が湧いた。
レナはぽこの二つ年上と言っていた。
ぽこの兄弟は、レナより年上のはずだ。
「そういえば、ぽこのお兄さんたちは結婚してるのかい?」
「上の兄四匹は結婚して子供が全員で十匹います。下二匹は未婚です。子たぬきたちは、みんな――」
甥御、姪御が合わせて十匹! 驚愕的な数字に、ぽこの話が上の空になる。
想像以上で、戸惑ってしまう。
やはり、ぽこは適齢期なのだ。
たぬき界から離れて、俺にかまけている内に婚期を逃してしまうかもしれない。
子だぬきの愛らしさについて力説しているぽこを見たら、申し訳なくなる。
クエスト屋受付が、俺をずるいと言ったのはこれが理由だと理解している。
俺は結婚しないままぽこといても不利益はなく、ぽこは俺といたら婚期と自分の子供を逃す。それを本当に理解しているのは年上の俺だけなのに、手放してやらないのはずるい。
拭き終わった食器を片付け、布巾を干すと、ため息が出た。
「旦那様、どうしました?」
いつの間にか話し終わったぽこが、俺の顔を心配そうに見上げる。
頭を撫でてから、額を通り、柔らかな頬、顎へと手を降ろしながら、ぽこの手触りを味わう。
手放すどころか、最近では積極的に甘やかし、仕事上のパートナーに仕立てるつもりでいる。
執着心は健全で、年上だから冷静でいられるわけではなく、むしろズル賢くあの手この手で絡めとる。
「ふふふ、くすぐったいです」
耳までぽこの声を喜ぶ始末。
もう、折れてもいいのではないかとも思う。
誠実で働き者、その上気立ても見た目もいい。俺にはもったいない嫁だ。
俺を踏みとどまらせる最たるものは、ぽこの状態にある。
家出をして行先がない中、年上の男の家に上がり込む。当然頼りにするだろう。情もほだされるのが自然だ。
俺が求めているのは違う。
そんな条件がなくても、俺を選び、愛して欲しい。
臓物の底から湧き出る欲望は、エゴ丸出しで醜く哀れだ。
ぽこに醜態を気づかれてしまいそうで、ぽこから離れて、いつもの椅子に座った。
熊の敷物の上に鎮座している黒い箱を見る。
軽くて丈夫、あの手触りなら水も弾くかもしれない。こんな上等な箱は見たことがない。
箱でさえこの始末で、中に入った布地の巻物ときたら……。
種族違いだけじゃなく、身分まで違うってことだ。
俺がたぬきになったとしても、俺とぽこには年齢差と身分差がある。
俺にはたぬきの生活が想像つかない。
こんな格差があって、ぽこを幸せにできるだろうか?
全く自信がない。
金だって貯め始めたばかりで……。
「旦那様、怖いお顔になってますよ?」
いつの間にか近寄って来たぽこが手を伸ばして、俺の頬を触った。
「ふふふ、座っていたら届きますね」
お互い立った状態だと、ぽこの手は俺の顎髭にしか届かない。
こんなところにも差があるらしい。
脱力して、苦笑いしてしまう。少し話しちまおう。
「あぁ、ぽことの結婚のことを考えていた」





