84話 旦那様と誕生日会②
「くっそぉ。俺だってぽこを喜ばせるぜ」
ジョアンが、ポケットに手を突っ込んだ後、食卓の上に握りこぶしを出した。
空いた食器を旦那様が手早く片付ける。
「俺からはこれ」
ジョアンが握った手を開いて、私に小さくて硬い物を渡してくれた。
「ひっ」
思わず食卓の上に転がしてしまう。
ジョアンからのプレゼントは、狼の歯だった。
私が狼が嫌いなのは知ってるはずなのに。
「狼の歯は、幸運のお守りなんだぞ。魔除けにだってなる」
よく見えるようにジョアンが、狼の歯につけた短い鎖を伸ばす。
「これ、何かにつけるの?」
「そうだ」
ジョアンがレナに頷いて合図すると、レナは左腕からどんぐりのブレスレットを外して、狼の歯をつけた。そして、私の左腕を取って通す。
「レナ……」
「遅くなってごめんなさいね」
外そうとする私の手をレナが握って離さない。
さっきまで賑やかだった食卓に、緊張感が走った。
「今更返されても、傷ついたのは変わらないよ」
喉から押し出た声に、レナが眉をしかめた。
「許して頂戴。あたしが子供だったのよ」
「元のどんぐりより、今の虎目石の方が価値が高いぞ」
ジョアンが間に入ってくれるけれど、あの日の私は泣いたままだし、今だって心の中で小さな私が泣いている。
息が苦しい。
救いを求めて視線を彷徨させ、隣の旦那様と目が遭った。
「許せない、ぽこが悪いんですか?」
子供だと言われるかもしれない。大人の対応をするべきなのに、それができないでいる。
私は私の気持ちを探して家出をし、私の気持ちは、子供のままで育っていなかったと、やっと知ったばかりだ。
我慢すれば万事うまく収まって、私も成長すると思っていたのに。
「旦那様が許せって言うなら――」
「許さなくていい」
「え?」
旦那様が私の肩に手を置いて、肩から二の腕をゆっくりと撫でる。
氷のように固まっていた何かがゆっくり溶けていく。
「過去を許さなくてもいい」
「でも、それじゃレナが」
「レナさんは、レナさんで自分で決着をつける。ぽこが気遣わなくてもいい」
そっと伺い見たレナは、唇を引き締めていた。
それでも、私の腕を放さない。
苦しい。
過去の私は決して許すなと喚きたてている。
でも、今の私はレナの優しさも知っていて、レナに優しくしたいとも思っている。
レナはこういうたぬきで、それは変えられない。
私はやっと自分に出会えた。
レナは、私を連れ帰ると言わず、旦那様と別れろと説得もされてない。
私の意見をレナが尊重してくれているのなら、レナを許すべきでは?
幼い私が、許そうとする私の胸を強く叩く。
痛みで何も考えられない。
「悩むのなら、より後悔が少ない方を選べばいいさ」
旦那様が望む私ではなくて、パパやママが望む私でもなく、私が後悔しない私。
目を閉じて、私の中の私をじっと見つめる。
泣いていた幼い私も、顔を歪ませて痛みに耐えている私も、私をぽかんと見つめている。
「レナ」
目を開いたら、レナが私を見ていた。
レナの手に逆の手を重ねて、力を込める。
「ありがとう。頂くわ」
レナが私の手を強く握った。汗ばんだ手が気持ちいい。
旦那様が私の腕を撫でて、ジョアンがいそいそと次の贈り物を取りに行く。
なんて満ち足りた空間だろう。
自分のことを誇らしく思えた。
「最後はこれだ!」
ジョアンが熊の敷物の上で、両手を広げる。
「何だろ?」
旦那様の腕に送り出されて、席を立つ。
熊の敷物の上には、漆が塗られた上等な籠があった。
黒漆が艶々と光り、複雑に編まれた籠の模様が煌めく。
言われなくてもわかる。送り主は
「パパね?」
「あったりぃ! 開けてみろよ!」
嫌な予感がしながら、籠の蓋を開けると、中には反物が入っていた。
「布?」
後ろから覗いていた旦那様が不思議そうに聞いてきた。
「そうです。服を作る前段階の布を、くるくる巻いたものです」
少し広げて見せた。反物は軽く、薄く、そして独特の光沢がある。
「絹だわ」
贅沢な贈り物に慣れたレナがため息をつくくらい、美しい絹だった。
光の加減で薄く模様が入っているのが分かる。とびっきり上等のやつだ。
「凄いよなぁ! さすがドン・ドラドだぜ」
「何が凄いよ!」
「どうして怒ってるのさ? これなら売るなり何なり好きにできるだろ?」
いい金になるぜと、ジョアンが唸る。
「もう! 困るの! こういうのが嫌なの!」
口に出したら、止まらなくなってしまった。
「服なんて化け術でどうにでもなるのに! わざわざ仕立てるとこから私がやるの⁉ 絹なんて用途が限られるじゃない! 何もかもズレてるんだよぉ!」
私が怒り狂ってるのに、三人は笑う。
「さっきは大人の対応ができたのになぁ」
「里ではこれが言えなかったのねぇ」
ぽんっ ぽぽんっ♪
ぽんっ ぽぽぽぽんっ♪
どこからか、狸囃子が聞こえてきた。
「何の音だ?」
旦那様が窓を開けると、林に提灯の灯りが一つ見えた。
ゆらゆらと揺れながら、狸囃子に合わせて踊っているようだ。
「誰かな? レナを呼んでいますよ」
狸囃子は、時として暗号文になる。
レナを振り返ったら、目の周りを赤くしていた。
まるで泣き出しそうで、こんなレナを見たことがなくて、出かけた言葉が引っ込んだ。
レナが、お腹を叩いた。
甲高い音が一つすると、狸囃子が止んだ。
林から、尻尾に提灯をぶら下げた若い雄狸がちょこちょこと出てくる。
「えっ! あれは!」
名前を呼びそうになったとき、レナが玄関扉を開けた。
「あたし、あの人と結婚するの!」
「え?」
レナが外に飛び出した。
「じゃあね! 結婚式には呼ぶから、二人で来て!」
弾むような足取りでレナが走り、途中で宙返りする。
小爆発の後、たぬき姿になったレナが雄たぬきまでたどり着き、鼻先と鼻先を突き合わせる。
そのままレナは林へ消えた。
雄たぬきが、こちらを振り返り、お辞儀してから、レナの後を追って暗闇へ消えて行った。
「結婚って……」
「二人で来てって、俺とぽこかぁ?」
ジョアンの脇腹に、肘を入れると、笑いながらかわされた。
「冗談っ。俺も帰るわ」
ジョアンも林へ消えた。
隣にいる旦那様を見上げたら、片眉を上げた後に、背を向けて食卓に戻る。
「さて、片付けようかね」





