83話 旦那様と誕生日会①
全くレナは何を企んでいるのかな。
クエストの帰途を見下ろして、頬が膨らんでいると気が付いて引っ込める。
先日のレナがご馳走してくれた夕食は、旦那様と話すのが目的だった。
私抜きと突き付けられて、思い出すだけでムカムカする。
私たちたぬきは、笑顔で話すときほど腹黒いことを考えている計算高い生き物だ。
騙し騙されるの日常茶飯事だけど、一杯食わされるのは腹立たしい。
元々、レナに対しては心の予防線を張るようにしている。
旦那様が一枚嚙んでいるとなれば、平穏ではいられないから、振り回されてしまう。
すっかり軽くなったリュックを揺すって背負い直した。
早く旦那様に会いたくて、ついつい足を速めてしまう。
この辺りには高い木は育たないから、見晴らしがいい。
今日のクエストは、二つ谷村へ生活物資を届けるというもので、荷運び人である私に直接仕事が入った。
二つ谷村はインマーグの街より高いところにあって、冬場は雪によって他の地域から隔離される。春になればインマーグの街を通って、医療品や食料などの多くの物資が運び込まれる。
普段なら、インマーグの街の雑貨屋が請け負っている仕事だけれど、雑貨屋の御主人が腰を痛めてしまったせいで、私の出番になった。
朝、日の出と共に出発したのに、今はもう日が傾いてきている。
山登りには慣れているけど、慣れない場所は神経を使って、もうくたくただ。
「早く帰りたいなぁ」
声に出したら、余計に寂しくなった。
いつもなら旦那様が一緒なのに。
しっかりしないと。
一人で遠出する程度で心乱されるなんて子供みたい。
実家にいたときは一人で出歩くことに憧れたはずだ。
決意とは裏腹に、心がざわつく。
レナの計略にはまったこと、どんぐりのブレスレット、エミリアさんの話。一つずつは些細なことなのに、重なれば不安要素になる。
振り切るように頭を振った。
一人前に仕事をして褒められたい。
小石に足を乗せてしまい、足を滑らせて転げた。
「ふへん。旦那様ぁ」
尻もちをついたお尻が痛い。
膝を擦りむいたと思ったけど、旦那様がくれた膝当てのおかげで平気だった。
クエストを受けたとき、ほぼ一本道なのに旦那様が何度も道を教えてくれた。
ちゃんと一人でも仕事ができるところを見せたかったはずだ。
旦那様のバディとして恥じない仕事をしよう。
日暮れまでにはインマーグに帰りたい。
❄
結局、インマーグの街のクエスト屋で報告ができたのは、日が暮れた後だった。
体力を消耗しすぎたのか酷く寒いし、エミリアさんに心配されるしで、情けない気分で家へ帰る。
遠目に家の暖炉から煙が出ているのが見えると、元気が出てきた。
林道を曲がって、家の灯りを見たら、思わず走り出してしまう。
玄関扉に手をかけた瞬間、家の中からレナの笑い声が聞こえて、開けようとした手が止まる。
遅れて旦那様の楽しそうな話し声が聞こえた。
血が一気に頭に登る。
勢いよく玄関扉を開けた。
「ただいま帰りましたぁ!」
暖炉の鍋を混ぜていた旦那様が振りむいた。
いつもの優しいお顔、気遣うような眼差しを見たら、我慢できない。
飛びつくつもりで、化け術を解こうとした瞬間――。
「「誕生日おめでとう‼」」
複数の声に驚いて、動きが止まった。
化け術の勢い止まらず、ぼふんっと耳と尻尾だけ元に戻ってしまう。
「ほへ?」
「全く、相変わらずだなぁ!」
ぎゅうっと抱きつかれて、窒息しそうになり、匂いに驚いた。
「ジョアンっ⁉」
「ぽこ、誕生日おめでとう!」
満面の笑みのジョアンに驚いて、状況が飲み込めない。
「誕生日?」
「愛するぽこのために、来てやったぞ!」
ジョアンの顔が近づいてきて、条件反射で脇腹に一撃を入れてしまう。
痛がりながらジョアンが離れてくれて、視界が開けた。
熊皮の敷物の上には、見慣れない籠が置いてあり、その隣にレナが座って、手を振ってくれた。
食卓の上には、乗り切らないほどの料理が並んでいる。
「びっくりした?」
「びっくりしたよ!」
レナが立ち上がって、私を抱きしめる。
「サプライズ成功ね!」
「じゃ、最近レナが旦那様とこそこそしてたのは……」
「これだ」
旦那様が両腕を広げてくれ、レナが私を引き渡す。
長い腕に絡めとられた。
柔らかな拘束なのに息ができない。
旦那様の筋肉質な胸は温かくて、旦那様の香りに頭がぼんやりしてしまう。
全身の力が抜ける。
「うん? 疲れたかい?」
身体を僅かに離され、旦那様の大きな手が頬を包む。私の顔をじっくり見てから、顎へと降りる。
上へと顎を持ち上げられて、思わず目を閉じた。
「はいはいはいーーっと! そこまで‼」
ジョアンの声に正気に返った。
そういえば、レナとジョアンがいたんだった!
旦那様が低く喉を鳴らし、私の腰に手を当てて食卓へ連れて行ってくれる。
椅子に座ったタイミングで、レナとジョアンが私の向かい側に座った。
旦那様が、暖炉にかけていた鍋から温かいスープを配膳してくれる。
食卓に四人が揃うと、ジョアンが注いでくれた白ワインの入った杯を、立ち上がったレナが掲げ、それに続く。
「今日は、ぽこの誕生会にお集まり頂き、誠にありがとうございます」
「えらくちゃんと話すのな」
机の下で物音がして、ジョアンが痛いと叫んだ。
「昨年の秋、私達の愛すべき末っ子が家出したことに、ドラド家は多いに驚き、悲嘆にくれました。しかし、ぽこは、自らの居場所を見つけ、ふくふくと暮らしていました」
レナが、上からちらっと私を見るけれど、素知らぬ顔をして済ます。
「これこそ新しいぽこ。誕生日を迎えたぽこが、自分の居場所で幸せになることを祈って……、乾杯!」
レナが杯を掲げ、私たちもそれぞれの杯を上げた。そのまま白ワインで唇を湿らせる。
「あっ! このお酒!」
「そうだよ。これは、アルベルトたちからだ」
ジョアンの説明を聞いて、何度も頷いてしまう。
「アルベルトは、ぽこの一番上の兄さんよ。白ワインはぽこの兄たちからのプレゼントってわけ」
旦那様が頷いて、白ワインを飲む。
「うまいな」
驚いたように杯を口から離し、中を覗いてから、もう一口含む。喉仏が上下し、何度も頷いた。
「ぽこの里には、銘酒がゴロゴロあります」
「ほぉ」
「お酒の管理は、三男のホセの担当なの」
久しぶりの味わいに、胸の奥を詰まらせながら、もう一口白ワインを飲み、白いスープを頂く。
「わぁ、おいしい」
「濃厚で香りがいいわ。これ、アスパラガスのスープ?」
「そうだ。本格的な春を知らせるスープだ」
ジョアンが一番乗りでスープを飲み終わり、お替りを注ぎに立ち上がった。
「そんなにがっつかなくても、誰も盗らないわよ!」
レナの言葉に四人揃って笑う。
スープの椀が空になるころ、旦那様が席を立って、暖炉の奥から一番重い鍋を出してきて、食卓に置いた。
私が持ち上げるのに苦労する鍋蓋を持ち上げると、まず湯気が登り、中から牛肉の塊が出てきた。
部屋中に牛肉の甘くて香ばしい香りと、爽やかな香りが広がる。
木のまな板の上に、焼いた牛肉の塊が出されて、鋭利な包丁が突き立てられた。
肉汁が静かに溢れて、まな板を伝う。匂いが濃厚になった。
旦那様が、肉に釘付けになった私たちを見て、唇の端を片方だけ上げる。
「早く切ってくれよ!」
ジョアンの声に応じて、ゆっくり肉が切られる。
薄く、丁寧に切られるのを見ていたら、涎が溜まる。
ジョアンと私の喉が同時に鳴った。
旦那様が、いたずらっ子のような顔をして笑う。
平たいお皿に、薄く切られた牛肉とソース、赤いキャベツに焼きじゃが芋が添えられて、一番先に私に配られた。
「冷めない内にいただいちゃえば?」
レナの言葉に、次のお皿を作っている旦那様が頷く。
ジョアンは、お肉に釘付けだ。
注目を浴びながら、まず最初にお肉をいただく。
濃厚な肉の香りに、脂の旨味、さっぱりしていて、次の一口を、喉が欲しがる。
すぐに二切れ目を頬張って、三切れ目はソースをつけた。
「言葉が出ないほどおいしいってわけ?」
レナの言葉に旦那様が笑う。
「うめーー‼」
次にお皿を貰えたジョアンの叫びに、ようやく我に返った。
「本当に美味しいです!」
「そりゃあ、何より」
レナにお皿を渡した旦那様が笑った。
こんな風に笑う旦那様は久しぶりだ。
「どうやって作るんですか? また食べたいです!」
「食べてる最中に、また食べたいっておかしくなぁい?」
レナが一口目を食べて、「やばい」と言い出した。
「これ、これはたぬき界にはないわね。作り方を教えてもらいたいくらい」
「そりゃ構わないが、五日かかるぞ」
「五日⁉」
旦那様が笑う。
旦那様は、私のために、五日もかけて手の込んだ料理を作ってくれたんだ。
最後の一切れが名残惜しくて、お皿の上のお肉を見つめてしまう。
付け合わせのじゃが芋もキャベツもソースをつけて食べ終わってしまった。
もう一口しかない。
「それ、いらねーなら俺が貰おっか?」
最後まで聞かない内に、口の中に退避させる。
「あぁぁー! 俺の肉が!」
本気で悔しがるジョアンが、レナのお皿を見て、旦那様のお皿、最後に鍋の中を覗き込む。
「本当卑しいわね!」
「まぁ、またその内作るさ」
「本当か? その時は俺を呼んでくれ!」
旦那様が頷いて、ジョアンが怪しみ始めた。
「やけに親切だな?」
「俺は料理を振舞うのが好きでね」
「くっそぉ。俺だってぽこを喜ばせるぜ」





