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たぬきの嫁入り2  作者: 藍色 紺
第7章 春の来訪者
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83話 旦那様と誕生日会①

 全くレナは何を企んでいるのかな。


 クエストの帰途を見下ろして、頬が膨らんでいると気が付いて引っ込める。 


 先日のレナがご馳走してくれた夕食は、旦那様と話すのが目的だった。

 私抜きと突き付けられて、思い出すだけでムカムカする。


 私たちたぬきは、笑顔で話すときほど腹黒いことを考えている計算高い生き物だ。

 騙し騙されるの日常茶飯事だけど、一杯食わされるのは腹立たしい。


 元々、レナに対しては心の予防線を張るようにしている。

 旦那様が一枚嚙んでいるとなれば、平穏ではいられないから、振り回されてしまう。


 すっかり軽くなったリュックを揺すって背負い直した。

 早く旦那様に会いたくて、ついつい足を速めてしまう。

 この辺りには高い木は育たないから、見晴らしがいい。


 今日のクエストは、二つ谷村へ生活物資を届けるというもので、荷運び人である私に直接仕事が入った。

 二つ谷村はインマーグの街より高いところにあって、冬場は雪によって他の地域から隔離される。春になればインマーグの街を通って、医療品や食料などの多くの物資が運び込まれる。

 普段なら、インマーグの街の雑貨屋が請け負っている仕事だけれど、雑貨屋の御主人が腰を痛めてしまったせいで、私の出番になった。


 朝、日の出と共に出発したのに、今はもう日が傾いてきている。

 山登りには慣れているけど、慣れない場所は神経を使って、もうくたくただ。


「早く帰りたいなぁ」


 声に出したら、余計に寂しくなった。

 いつもなら旦那様が一緒なのに。


 しっかりしないと。

 一人で遠出する程度で心乱されるなんて子供みたい。

 実家にいたときは一人で出歩くことに憧れたはずだ。


 決意とは裏腹に、心がざわつく。

 レナの計略にはまったこと、どんぐりのブレスレット、エミリアさんの話。一つずつは些細なことなのに、重なれば不安要素になる。

 振り切るように頭を振った。


 一人前に仕事をして褒められたい。


 小石に足を乗せてしまい、足を滑らせて転げた。


「ふへん。旦那様ぁ」


 尻もちをついたお尻が痛い。

 膝を擦りむいたと思ったけど、旦那様がくれた膝当てのおかげで平気だった。


 クエストを受けたとき、ほぼ一本道なのに旦那様が何度も道を教えてくれた。

 ちゃんと一人でも仕事ができるところを見せたかったはずだ。

 旦那様のバディとして恥じない仕事をしよう。

 日暮れまでにはインマーグに帰りたい。



  ❄



 結局、インマーグの街のクエスト屋で報告ができたのは、日が暮れた後だった。

 体力を消耗しすぎたのか酷く寒いし、エミリアさんに心配されるしで、情けない気分で家へ帰る。

 遠目に家の暖炉から煙が出ているのが見えると、元気が出てきた。

 林道を曲がって、家の灯りを見たら、思わず走り出してしまう。

 玄関扉に手をかけた瞬間、家の中からレナの笑い声が聞こえて、開けようとした手が止まる。

 遅れて旦那様の楽しそうな話し声が聞こえた。


 血が一気に頭に登る。


 勢いよく玄関扉を開けた。


「ただいま帰りましたぁ!」


 暖炉の鍋を混ぜていた旦那様が振りむいた。

 いつもの優しいお顔、気遣うような眼差しを見たら、我慢できない。

 飛びつくつもりで、化け術を解こうとした瞬間――。


「「誕生日おめでとう‼」」


 複数の声に驚いて、動きが止まった。

 化け術の勢い止まらず、ぼふんっと耳と尻尾だけ元に戻ってしまう。


「ほへ?」


「全く、相変わらずだなぁ!」


 ぎゅうっと抱きつかれて、窒息しそうになり、匂いに驚いた。


「ジョアンっ⁉」


「ぽこ、誕生日おめでとう!」


 満面の笑みのジョアンに驚いて、状況が飲み込めない。


「誕生日?」


「愛するぽこのために、来てやったぞ!」


 ジョアンの顔が近づいてきて、条件反射で脇腹に一撃を入れてしまう。

 痛がりながらジョアンが離れてくれて、視界が開けた。


 熊皮の敷物の上には、見慣れない籠が置いてあり、その隣にレナが座って、手を振ってくれた。

 食卓の上には、乗り切らないほどの料理が並んでいる。


「びっくりした?」


「びっくりしたよ!」


 レナが立ち上がって、私を抱きしめる。


「サプライズ成功ね!」


「じゃ、最近レナが旦那様とこそこそしてたのは……」


「これだ」


 旦那様が両腕を広げてくれ、レナが私を引き渡す。

 長い腕に絡めとられた。


 柔らかな拘束なのに息ができない。

 旦那様の筋肉質な胸は温かくて、旦那様の香りに頭がぼんやりしてしまう。

 全身の力が抜ける。


「うん? 疲れたかい?」


 身体を僅かに離され、旦那様の大きな手が頬を包む。私の顔をじっくり見てから、顎へと降りる。

 上へと顎を持ち上げられて、思わず目を閉じた。


「はいはいはいーーっと! そこまで‼」


 ジョアンの声に正気に返った。

 そういえば、レナとジョアンがいたんだった!


 旦那様が低く喉を鳴らし、私の腰に手を当てて食卓へ連れて行ってくれる。

 椅子に座ったタイミングで、レナとジョアンが私の向かい側に座った。

 旦那様が、暖炉にかけていた鍋から温かいスープを配膳してくれる。


 食卓に四人が揃うと、ジョアンが注いでくれた白ワインの入った杯を、立ち上がったレナが掲げ、それに続く。


「今日は、ぽこの誕生会にお集まり頂き、誠にありがとうございます」


「えらくちゃんと話すのな」


 机の下で物音がして、ジョアンが痛いと叫んだ。


「昨年の秋、私達の愛すべき末っ子が家出したことに、ドラド家は多いに驚き、悲嘆にくれました。しかし、ぽこは、自らの居場所を見つけ、ふくふくと暮らしていました」


 レナが、上からちらっと私を見るけれど、素知らぬ顔をして済ます。


「これこそ新しいぽこ。誕生日を迎えたぽこが、自分の居場所で幸せになることを祈って……、乾杯!」


 レナが杯を掲げ、私たちもそれぞれの杯を上げた。そのまま白ワインで唇を湿らせる。


「あっ! このお酒!」


「そうだよ。これは、アルベルトたちからだ」


 ジョアンの説明を聞いて、何度も頷いてしまう。


「アルベルトは、ぽこの一番上の兄さんよ。白ワインはぽこの兄たちからのプレゼントってわけ」


 旦那様が頷いて、白ワインを飲む。


「うまいな」


 驚いたように杯を口から離し、中を覗いてから、もう一口含む。喉仏が上下し、何度も頷いた。


「ぽこの里には、銘酒がゴロゴロあります」


「ほぉ」


「お酒の管理は、三男のホセの担当なの」


 久しぶりの味わいに、胸の奥を詰まらせながら、もう一口白ワインを飲み、白いスープを頂く。


「わぁ、おいしい」


「濃厚で香りがいいわ。これ、アスパラガスのスープ?」


「そうだ。本格的な春を知らせるスープだ」


 ジョアンが一番乗りでスープを飲み終わり、お替りを注ぎに立ち上がった。


「そんなにがっつかなくても、誰も盗らないわよ!」


 レナの言葉に四人揃って笑う。


 スープの椀が空になるころ、旦那様が席を立って、暖炉の奥から一番重い鍋を出してきて、食卓に置いた。

 私が持ち上げるのに苦労する鍋蓋を持ち上げると、まず湯気が登り、中から牛肉の塊が出てきた。

 部屋中に牛肉の甘くて香ばしい香りと、爽やかな香りが広がる。


 木のまな板の上に、焼いた牛肉の塊が出されて、鋭利な包丁が突き立てられた。

 肉汁が静かに溢れて、まな板を伝う。匂いが濃厚になった。

 旦那様が、肉に釘付けになった私たちを見て、唇の端を片方だけ上げる。


「早く切ってくれよ!」


 ジョアンの声に応じて、ゆっくり肉が切られる。

 薄く、丁寧に切られるのを見ていたら、涎が溜まる。


 ジョアンと私の喉が同時に鳴った。

 旦那様が、いたずらっ子のような顔をして笑う。


 平たいお皿に、薄く切られた牛肉とソース、赤いキャベツに焼きじゃが芋が添えられて、一番先に私に配られた。


「冷めない内にいただいちゃえば?」


 レナの言葉に、次のお皿を作っている旦那様が頷く。

 ジョアンは、お肉に釘付けだ。


 注目を浴びながら、まず最初にお肉をいただく。

 濃厚な肉の香りに、脂の旨味、さっぱりしていて、次の一口を、喉が欲しがる。

 すぐに二切れ目を頬張って、三切れ目はソースをつけた。


「言葉が出ないほどおいしいってわけ?」


 レナの言葉に旦那様が笑う。


「うめーー‼」


 次にお皿を貰えたジョアンの叫びに、ようやく我に返った。


「本当に美味しいです!」


「そりゃあ、何より」


 レナにお皿を渡した旦那様が笑った。

 こんな風に笑う旦那様は久しぶりだ。


「どうやって作るんですか? また食べたいです!」


「食べてる最中に、また食べたいっておかしくなぁい?」


 レナが一口目を食べて、「やばい」と言い出した。


「これ、これはたぬき界にはないわね。作り方を教えてもらいたいくらい」


「そりゃ構わないが、五日かかるぞ」


「五日⁉」


 旦那様が笑う。


 旦那様は、私のために、五日もかけて手の込んだ料理を作ってくれたんだ。


 最後の一切れが名残惜しくて、お皿の上のお肉を見つめてしまう。

 付け合わせのじゃが芋もキャベツもソースをつけて食べ終わってしまった。

 もう一口しかない。


「それ、いらねーなら俺が貰おっか?」


 最後まで聞かない内に、口の中に退避させる。


「あぁぁー! 俺の肉が!」


 本気で悔しがるジョアンが、レナのお皿を見て、旦那様のお皿、最後に鍋の中を覗き込む。


「本当卑しいわね!」


「まぁ、またその内作るさ」


「本当か? その時は俺を呼んでくれ!」


 旦那様が頷いて、ジョアンが怪しみ始めた。


「やけに親切だな?」


「俺は料理を振舞うのが好きでね」


「くっそぉ。俺だってぽこを喜ばせるぜ」


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