82話 ぽことブレスレット
「結婚相手は優しいのよ。あたしが何をしてもにこにこしてて、あたしのために何でもしてくれる。それが気味悪くて」
「怖いわけだ」
未知なものは気味悪く感じるものだし、ひいては恐怖になる。
自分のためにしか行動しないレナが、雪解けを待ちかねたようにぽこを訪ねてきた本当の理由は、結婚の恐怖から逃げるためらしい。
「今まで、あたしなりにぽこを大事にしてきたつもり。でも、あの子は逃げ出した。あたしが泣かせてる自覚だってあるわ。大事に想ってても、通じないことがあるってことよ」
だから、ぽこが家出した理由が知りたかったってわけか。
「ぽこの本当の気持ちなんて、俺には理解できないし、代弁できるとも思ってないがね」
こんな風に説教じみたことを言わされるなんて勘弁してもらいたい。居心地が悪くて、顎髭を触ってしまう。
「う~ん。結局、愛なんて自己満足でしかないわけだ」
俺の言葉に、話を黙って聞いている奴らが首を振る。レナは俺の目を見た。
「だが、誠実さは、相手を癒すこともあれば助けることもある。失敗しても誠実さは失われたりしない」
「それがおじさんの生き方ってわけね」
照れくさくて、レナの視線を遮るように杯を傾ける。
「今のぽこは、おじさんを独り占めしたくて、子供みたいだけど」
名前を聞くだけで、顔がにやけてしまう。
「ぽこは我儘なんて言わなかった。おじさんがぽこを変えたのよ。ねぇ、誠実さを尊ぶのなら、責任を取ってよ」
「ぽこと俺の仲を認めないんじゃなかったかい?」
「ことと場合によれば認めるわ」
認めて貰わなくても、別に構わない。ぽこと俺の問題である。
なぜレナにこう言われなければならないのか。
余計なお世話だと言おうとしたら、レナが机に身体を乗り出した。
「ねぇ、おじさんがたぬきになってよ」
俺にだけ聞こえるような囁き声。
驚いて顔を上げたら、レナと再び視線が合った。
「ぽこには家族がいるの。あたしたちドラド家はぽこを苦しめたいわけじゃない。ぽこに幸せになって欲しいのよ」
ぽこが逃げ出したドラド家。
見たことのない兄たちに父親を想像してみる。
「あたしたちは、どんなことがあってもファミリーなの。おじさんには家族はいないんでしょう?」
一人勝手に妄想していた温泉宿が思い浮かんだ。
たぬきのぽこは、撫でると目を細めて、腹を長く伸ばす。
ぽこにたぬきでいて欲しいなら、俺がたぬきになればいいのか?
レナが満足そうに口の端を上げて、椅子に座り直した。
「あたしのこと、ぽこには言わないでよね」
杯を一気に煽り、レナが再び酒のお代わりを注文する。
❄
「レナ、これ」
ぽこが渡したブレスレットを、レナは満足そうに受け取って左腕に通した。
ぽこが俺の隣に座って、果汁を飲み干す。
レナは机に腕を乗せて、ブレスレットを見せてくれる。
一番目立つのは、特大のどんぐりだ。
「本物のどんぐりみたいでしょう? 実は虎目石なの」
言われてみれば、どんぐりよりも重そうに見える。
薔薇色と金が混じったような柔らかい色目の鎖で繋がっているブレスレットで、特大どんぐりの他、小さな葉っぱと透明の石が連なっている。
なかなかいい。しかし、やはりたぬき。
どんぐりを装飾品にする人間の女性は少数だろう。
「あたしたちがまだ子だぬきの頃、南方から訪ねて来た遠い親戚がお土産にくれたどんぐりがあってね。とんでもなく大きかった」
レナが親指と人差し指で輪っかを作り、ブレスレットについた虎目石をあてると、ぴったりはまった。
ぽこは黙って聞いている。
「そりゃ、大きいな」
「色んなお土産があったのよ。擦ると匂いがする石とか、文字が光るインクとかね。でも、あたしは、ぽこがもらったどんぐりが欲しかった」
レナが、虎目石でできたどんぐりを撫でる。
いつだったかぽこから、特大どんぐりを、レナに盗られたと聞いた気がする。
「どんぐりって腐っちゃうじゃない? だから、あたしは腐る前にブレスレットにしたってわけ!」
何とも因縁のあるブレスレットだ。
そんな大事なものを人の家にわざわざ置いて来て、ぽこに取ってこさせるとは。
俺は誠意を大事にする。
気が付いたら、ぽこの頭を撫でており、レナから注意を受けた。
ぽこが、俺の腕に頭をつけて甘えてくる。
「ぽこがいない間、何の話をしてたんですか?」
ぽこの質問に、照れ臭い俺は黙ったままだ。
代わりに酒場の主人が返事する。
「ベテランさんが、甘やかすのはぽこちゃんだけって話だよ」





