79話 旦那様の家族
「それで、どうして増築してるわけ?」
食事を終えて、旦那様が今日もベッド作りの続きを始めたとき、レナは作り賭けのベッドを近くで見ながら質問した。
私が聞きたくても聞けなかった質問だ。
棚の位置や窓の形、ベッドの細工を相談してくれて、私好みにしてくれている。
私の部屋に間違いなく、嬉しいと喜べない自分が嫌。
だって、離れて寝たくない。
同じ家に住んでいるの何を言っているのと笑われそうで、誰にも言えていない。
他の人と差をつけたい。
気に入られたくて、嫌なことは言いたくない。
「ぽこの部屋なんですよ! 凄いでしょう?」
できる限りの笑顔を作る。
嘘言ったのがバレている。
「何言ってるの? 一緒に寝てるって自慢してたでしょ?」
それでも本心は言えない。
本当は、家にいる間、ずっと旦那様にくっついていたい。
旦那様の匂い、熱、呼吸、全てが愛おしいのに違う部屋でいたくない。
「それに、このベッド、あんたには大きくない?」
レナが、一番長い板の隣に寝転んだ。私より背の高いレナが並んでも、まだベッドの方が大きい。
ベッドは干し草を入れるから、使う人に合わせた大きさの方が楽だ。
「あぁ、そうさねぇ。増築した部屋は――」
困った顔をして旦那様が顎鬚を撫でる。
考えているときにする仕草だ。
ようやく私の部屋が作られている理由を教えてくれる。
いびきが酷い? それとも寝相? 覚悟を決める。
「最初は、ぽこを訪ねてくる客のためのつもりだったんだが、ぽこの部屋でも構わんよ」
「えぇ⁉」
お客様用?
旦那様が照れ臭そうに頭を掻いた。
「ほら、俺が酷い風邪をひいちまっただろう? あのとき、ベッドがあれば、ぽこにもレナさんにも気を使わせなくて済んだって思ってね。これから温かくなれば、ぽこの御兄弟も遊びにいらっしゃるやもしれんし」
「あはっ! あたしの部屋?」
「いや、ジョアンかもしれん」
お茶を淹れようと持った薬缶が震える。
「なぁに? あたしじゃ駄目でジョアンならいいわけ?」
「妙なニュアンスで言い換えられるんでね。そこははっきり否定せにゃ」
「旦那様っ‼」
薬缶を暖炉に置き直して、床に座り込んだ旦那様の胸元へとジャンプする。
いつもなら、たぬき姿になるけれど、今日は人間姿で抱きとめて欲しい。
「おわっ⁉」
持っていた小刀を、脇へ急いで置いて、旦那様が私を受け止めた。
反動で、後ろへ返る。
「ぽこは、一人で寝るのは嫌です!」
「はいはい」
後頭部をゆっくり撫でてもらうと、我慢していた分、涙が出てきた。
私は一人で勘違いして、旦那様の意図を素直に聞けなかった。
旦那様を独占したい気持ちに振り回されているだけだった。
「っはー。そういうとこがお子様なのよねぇ」
レナが呆れて、私の代わりにお茶を淹れてくれる。
反論の余地なく、旦那様の胸に頬を擦り付ける。
旦那様の心底優しいところが好き。
焼き立てパンに乗せたバターのように、溶けてしまいそう。
「でもさ、ぽこの客って言うけど、おじさんには訪ねてくる家族とかいないわけ?」
家族⁉
驚いて旦那様の胸から顔を上げてレナを見る。
続いて旦那様が座り直す。
「結婚するとなれば、お互いの家族に挨拶するもんでしょう?」
そういえば、兄たちの結婚のときもそうだった。
私、旦那様のことを知らないのかも⁉
食べ物の好み、何から食べるのか、寝相や口癖、神様はいないって言うけど伝承は信じているところ、たくさんの旦那様を知っているのに、家族の話は聞いたことがない。
「あたしが心配するのはね、おじさんのそういうとこよ。ぽこは結婚したいって言ってるけど、おじさんは、結婚へ向けた具体的な話はしないでしょ?」
「具体的な話って?」
「どんな家族がいて、どこに住んでるとか、どんな生い立ちだとかさ。恋人じゃないんだから、結婚したらおじさんの親はあんたの親戚になるわけ。無関係じゃないのよ。どんな相手か知りたいでしょう?」
「詳しいね。レナ」
「適齢期ですからぁ?」
考えたことがなかった。
私が知っている旦那様の家族は、雪飴や入山の儀式を教えてくれたお爺さんだけだ。
「旦那様、もし言いたくなかったら言わなくてもいいんですけど……」
「俺は国境で育った。母親は俺を生んだ後、産後の肥立ちが悪くて亡くなった。父親は、国境の諍いに巻き込まれて、子供んときに亡くなってる。俺は爺さんに育てられた」
「誰もいないのねぇ」
「そうだな。今は誰もいない」
聞かれなかったから言わなかったのもあるかもしれないけれど、言いたくなかったのかもしれない。
旦那様と私には、結婚するまでに乗り越えることがあるのも。
ひとつは、古の薬探しに乗り気になってもらえないこと。二つ目は、たぬきのままでいて欲しいと言われること。三つ目は家族の問題だ。家出したままでいいのかどうか、私自身答えは出ていない。
パパを思い出せば、人間を化け術で脅かして、酷い目に合わせていることしか思い出せない。
お茶が入ったと呼んでくれるレナだって、最初は旦那様を毛嫌いしていたはずだ。
ジョアンのときと同じようにレナにも納得してもらいたい。
いつかは旦那様にパパと会ってもらう……。
そんなことあるのかな?
家出の理由を思い出して、可能性を否定する。
家族のことを思いつかなかったのは、私の状況のせいだ。
結婚にパパの許可はいらない。
幼い頃に思い描いていた結婚と現実は随分違う。
「ぽこは嫁には出さん。それでも結婚式には泣いちまうだろう」
何度もパパはそう言っていたから、そうなると思っていた。
「パパが泣いちゃうから、ぽこ、結婚しない」
幼い私はそう言ったらしい。
「ぽこが結婚するときに泣くのは、嬉し涙だよ」
ママが「嬉し涙」の言葉の意味を教えてくれた。
それを思い出して、後味が悪くなった。





