78話 旦那様と噂
日が長くなるのはワクワクする。
こだぬきの頃から、眩しい黄色からオレンジ色、紫色に濃紺に変わる空を観察するのが習慣になっている。
夕日を堪能して、すっかり身体が冷えてしまい、震えながら部屋に戻った。
暖炉の鍋には、仕上げを待つだけの温かい料理を仕込んである。
もうすぐ旦那様が帰るころだ。
今日は私と組めない仕事だったから、溜まった家事を終わらせた。
旦那様の家に押しかけた頃は、放置されていた家事が多かった。
旦那様は服に穴が開いていていても着ていたし、シャツのボタンはついていなかったり、無理に縫い付けていた。
旦那様は鎧や武器の手入れはまめなのに、服に興味はないみたい。
実家にいるときに、父や兄から頼まれた衣服を直すのは面倒臭かった。
そもそもたぬきなんだし、服が欲しければ化け術で作ればいい。人間を真似て本物の服を着るのは、たぬき界でも数少ない。私は心の中で、エセ風流人と呼んでいる。
それが、旦那様の服となると、世話を焼かせてもらえるのが嬉しい。くたくたになるまで着こまれた衣服からは、洗っていても旦那様の匂いがする。
擦り切れて薄くなった部分を見て、旦那様の癖を思い出せば、ニヤニヤしてしまう。
納屋から、話し声が聞こえた。
片方は女の人で、気になって迎えに出てしまう。
脳裏をかすめるのは、エミリアさんの匂いがした首巻きだ。念入りに洗い、手が真っ赤になった。
私のいない間に、二人にあったことが頭をよぎる。
匂いと一緒に嫉妬心まで消してしまいたい。
「問題は料理なんだけどさ」
「俺がどうにかしよう」
「やっさしぃ!」
納屋を覗くと、レナが旦那様の腕にしがみついたところだった。
私を見て、旦那様がレナから離れて納屋から出ようとし、レナは悪戯が見つかった子供みたいに、落ち着かない。
「ただいま。あぁ、腹減った」
旦那様が私の腰に手を添えて、納屋から連れ出す。
大きな手の温かさに免じて、レナを許すけれど、振り向いて舌を出してやった。
レナは私を見て、大笑いしながらついてくる。
二人で内緒話なんて、本当に気分が悪い。
❄
「わぁお! これが噂の子供部屋ね」
部屋に入ると、レナはまず増築部分に入った。
とんでもない誤解に、旦那様が水瓶から直接取って飲んだ水にむせた。
「街の人たちは、皆、子供部屋だって言ってるわよ。それで、いつ生まれるのかしら?」
レナの笑い声が増築部屋から響いてくる。
濡れてしまった顎鬚を拭う旦那様と視線が合った。
「知ってたかい?」
「はい……」
「世間から見たら、そうなるのかねぇ」
やれやれと旦那様が首を振り、仕上げ中の鍋を見てから、木製のお皿を出して夕食の準備をし始めた。
「そうなるも、どうなるもあんたたち、どうにもなってないのにね」
いつの間にか部屋から出てきたレナが、腕をさすりながら私に耳打ちする。
茹で上がった半月型の麺を、次々に隣の汁に入れながら、下唇を噛む。
旦那様と二人だけのときは、お互いを大事にしあっているだけで、十分満足しているのに、他人の目が入ったら、苦しさが混じる。
旦那様が、愛の言葉を囁かなくても、愛されていると感じる。
でも、旦那様は誰にでも優しいのかもしれない。
エミリアさんから返された首巻きや、優しいって言いながら抱きついたレナが脳裏に浮かぶ。
食後に毛をすくように撫でて貰えるのは私だけの特権だと思っていたけれど、もしかしたら押しかければ誰にでもするかもしれない。
「あぁ、うまい。今日の夕食は凝ってるな。作るの、大変だったろう?」
あっという間に平らげて、すぐに二杯目をつぎに行く旦那様のリラックスしたお顔を見て、胸がきゅんとなった。
同時に、また痛みが走る。
つい先日、エミリアさんが私にわざわざ話した内容が、事ある度に、チクチクと私を刺す。
料理、温かい抱擁、それにバディ。旦那様と築いてきた全てが、エミリアさんにもあてはまる。
私だけの旦那様になって欲しい。
結婚したい。
淡い夢だった結婚は、砂糖菓子のように甘くて、ふわふわのはずだった。けれど、今は苦しい。
何かから逃れるように結婚を選ぶのは嫌だな。
となれば、結婚以外の何か。私だけのこと。
「それで、どうして増築してるわけ?」





