77話 ぽこの内助
一仕事終えて、クエスト屋で報告した。
今日の仕事は、久しぶりの新人引率だった。
クエストを受ける時はやる気満々だった新人たちは、次の予約もしていた。報告後に、音を上げて次のクエストはキャンセルしてしまう。
「じゃ、その仕事は俺がぽことやるよ」
「ベテランさんはタフっすねぇ」
「慣れの問題だ」
クエスト屋受付が、今日の褒賞を手渡してくれる。
帰ろうとしたら、所長から待つように声がかかった。
奥の机から所長が大きな身体をよっこらせと立ち上げて、ゆっくり歩いて来る。
近くまで来たら、所長は俺を脚の先から頭の上までじっくりと見た。
「変わったなぁ。おぃ」
変わっただろうか?
わざわざ言われるくらいだから、どこかおかしいのかもしれない。己の姿を改めて考える。
剃るのが面倒な顎鬚はそのままだが、ぽこを抱いて寝るから服は清潔を心掛けている。服そのものもぽこによって穴が繕われ、補強されている。
些細な変化だが、他人には違って見えるのかもしれず、居心地が悪くなり、頭を掻いた。
「欲が出てきたじゃないか。えぇ?」
俺の頬を、クエスト屋所長が音を立てて軽く叩いた。
「あのまんま、片田舎でくたばっちまうのかと思ってたのによ。おいどうだ。王都で新人冒険者の育成部門を立ち上げる話が出ているが、お前やってみないか」
「王都?」
若い頃は、一旗揚げて、いつかは王へ拝謁してやろうと思っていた。
今となっては王都なんて行くのも面倒くさい。貴族が王都の図書館に招待してくれるって言っていたが、その後音沙汰なしだ。
「この間のさ、雪ん中、国境まで送り届けた案件があっただろう? あの依頼者経由で、お前の話が中央に伝わっているんだとさ」
クエスト屋というのは、国家事業だ。
国の食料と国材は農民や商人が担い、国軍は対外関係に力を注いでいる。
国内の困りごとを、両方からあぶれた冒険者が解決している。
冒険者の雑多な仕事を冒険者に任せ、税金をかけて集金している。
厄介払い二つと税収のスリーカードである。
大きめの街にはクエスト屋があるが、クエスト屋を開くのは領主だけでなく国の許可が必要で、職員も国の冒険者支援中央委員会、略して中央から認められた者に限る。
王都で仕事ねぇ。
ぽことバディを組むようになって、仕事が楽しい。
王都での仕事は、今のようなものではないだろう。
「まぁ、現段階ではただの打診だしよ。ちぃとばかり考えておいてくれや」
背中を叩かれ、クエスト屋を後にする。
所長に働きぶりを誉められたのは、いつ以来だろう?
新人たちにおだてられるのは別として、仕事に厳しい人に褒められるのは、嬉しい。
さらに、王都での仕事は、安全な仕事で高報酬の可能性もある。そうなれば温泉宿の夢にも近づくってものだ。
家路をたどりながら、王都の図書館にぽこと入ることを想像してしまう。
「凄いです!」
きっとぽこは何度も飛び上がるだろう。
書物をかたっぱしから読みふけり、俺が「無理をするなよ」とたしなめる。
そして、古の薬なんて永遠に見つからなければいい。
「ちょっと! ニヤニヤして気持ち悪いわね!」
背中を強く叩かれて我に返った。
誰かと思えばレナだ。
「何よぉ。いいことがあったなら言いなさいよ」
俺の家の方へ歩くので、仕方なく隣を歩く。
「仕事でいいことがあってね」
「へぇ。よかったじゃない。仕事って楽しいものね」
随分機嫌がようで、二人でいるときの刺々しさがない。
「そうだな」
「あたしもぽこも、家業以外の仕事はしたことがなくってさぁ」
レナが言葉を切った。
「あたし、ぽこが家出したって聞いたとき、最初は馬鹿なことしてるって思ったわけ。でも、今は、里にいたぽこがすごく我慢してたのがわかるわ」
「ほぉ」
今でも、我慢が多いように思うが、それ以上だろうか。
ぽこの大小様々な我慢は、教えてもらえないからわからない。
増築する部屋や図書館でぽこの内助に報えたらいいとは思っているが、それはぽこでなければわからない。
横眼でレナを見れば、きつい目の周りを赤くしていた。
好き放題しているように見えるレナにも、何か我慢することがあるらしい。
今日、穏やかなのもそのせいかもしれないな。
「仕事でいいことがあったのは、実はぽこのおかげでね」
仕事に欲が出てきたのも、身なりが整っているのも、体調がいいのもぽこのおかげだ。
「ぽこ、頑張ってるものね」
インマーグの街から外れ、もう林に入っている。どうやら、レナは、ぽこに会いに俺の家に来るつもりらしい。
やれやれ今夜は騒がしくなるぞ。
増築した部屋を見て、レナは大騒ぎするだろう。ぽこもはしゃぐはずだ。
想像したら、また頬が緩む。
「ぽこが頑張ってるのは、おじさんのためね。ぽこを幸せにしているのはおじさんってことになるわ」
レナは早口でそう言うと、山の向こうに落ちて行く夕日を仰いだ。
「誰かの為に何かしたいだなんて、馬鹿げてるわ」
レナの瞳から、紅く染まった涙が一滴落ちた気がした。
「おじさんはそう思わない?」
「極論だ」
「そうかしら? あたし、今まで誰かの為に何かしたことってないの。だから、相手の望みもわかるつもりよ」
パン屋の売り子をするだけで、列を作れるレナだから、今まで多くの周りの者にちやほやされてきたのだろう。
望みに忠実だからこそ、相手のこともよくわかるというのは、ある意味で真実だとも思う。
林を抜けながら、レナは鼻を鳴らした。
「レナさんがぽこを探して来たのも、レナさんのためってわけかい?」
「そうよ」
間髪入れぬ返事が、わざとらしく感じる。
「今から言うことも、全てあたしのためなの。いい? ぽこに聞こえない内に言うから聞いて頂戴」
興奮したレナの声は、内緒話と宣言するわりに、大きい。
家に着き、いつものようにまずは納屋で仕事道具を降ろす間も、レナの話は止まらない。
「おかえりなさい! あれ、レナ?」
声に気づいたぽこが、納屋にやってくる。
レナは突然黙り、罰の悪そうな顔をする。
むしろバレバレだと思うがなぁ。
わざとらしさに辟易しながら、内緒話を止められたぽこを励ますために明るく返事をする。
「ただいま。あぁ、腹減った」





