74話 ぽこと実験②
「薬を茹でるですって?」
緑屋敷に、ウシュエの鋭い声が響いた。
こりゃマズイ。
治療薬を茹でる案を聞いてもらえたまでは良かったが、話題の方向転換を決意する。
「あー、エルダーフラワーはあと三籠ある」
緑屋敷の外を親指で指し、エルダーフラワーを取る呈で外に出ようとぽこを追い立てる。
ウシュエが回り込んで扉を閉めた。
目を細め、唇を上げて笑いかけてくれるが、瞳は笑っていない。
怒っている証拠に、エルフの長い耳が赤く染まり震えている。
魔術師のウシュエは、そもそも他人に興味がない。自分の研究に没頭しているから、怒ることもあまりない。
実験を邪魔すれば、問答無用で叩き出されるだけだ。
初めてみるウシュエの怒りに、しくじったとはっきりわかった。
こんなに怒るとは想像しなかった。
後頭部を掻いて脱出しようとしたことを誤魔化す。
「ちょっといいかしら?」
ウシュエが玄関扉を魔術の杖で突くと、鍵が閉まる鈍い音が続いた。
逃げ場を失って、俺はため息をついた。
「ひぎぃっ! 魔女」
ぽこが俺の背中に隠れて、小声でつぶやき、ウシュエの耳がさらに跳ねた。
「こちらへどうぞ」
笑顔を引きつらせながら、ウシュエがスツールを二つ引き出した。
座らざるを得ず、大人しく腰かける。
さて、どう手を打つべきだろうか。
「ぽことバディを組んでてね」
八つ裂きにあう前に、手の内を明かす。
ウシュエの性格はよく知っている。方向性さえ間違わなければ、魔女鍋の材料にならずにすむはずだ。
「拍手でもしましょうか?」
ウシュエが細長い片眉を上げ、小さく拍手の真似をした。
「それがどうした」と言いたいのだろう。
「荷運び人のバディなんでね。スリングショットで治療薬を打ち込もうって考えているのだが、羊の腸ではうまくいかなくてね」
羊の腸の辺りで、切れ長のウシュエの眼光がより鋭くなった。
俺のバディは、より小さくなって俺の影に入り込む。
どうやら、俺一人で魔女と戦わねばならぬらしい。
「茹でようってのはそこからの案なのね? ぽこちゃんでしょう?」
ぽこは返事をせず、石のように固まった。
「混ぜるな危険。いじるな危険。ベテランさんともあろう人が、バディに教えないなんて、どうにかしてるのではなくて?」
「それについては反論の余地もない。混ぜるな危険。いじるな危険だ。ぽこ」
「はい。混ぜるな危険。いじるな危険。ウシュエさんに伺ってよかったです」
俺の影からぽこの声がするが、姿を見せるつもりはないらしい。
魔女だと疑っているウシュエの怒りを買ったことで、生きた心地がしないのだろう。
ぽこの様子に、ウシュエの表情が緩和する。
これ以上、ウシュエの機嫌を損ねていないか見極めながら、話を続ける。
「薄い皮で、液体が漏れない。スリングショットできる耐久性。何か心当たりはないかい?」
ウシュエは、ため息をついた後、俺たちに背を向けて、暖炉の大鍋を木杓子で混ぜる。
暖炉にはいつも大鍋がかかっていて、妙な臭いをさせながら何かを煮込んでいる。
棚に無数に並ぶ薬瓶から、何かの毛を取り出して、手で砕いて鍋に入れた。
俺の隣で、ぽこが尻を押さえて、小さく震えている。
「オズワルドにしてはいい案ね。心当たりがないわけじゃないわ」
ウシュエの声を聞いて安堵する。
ウシュエは自分が作った薬に誇りを持っていて、製法にもこだわりがある。
人付き合いが嫌いなのではなく、研究と調剤に夢中過ぎて、他のことに気が回らないだけだ。
完璧に作った薬をいじられるのを嫌うが、液体のままでスリングショットができる案には、知的好奇心をくすぐられるらしい。
液体薬の利便性を高めることが、ウシュエの研究内容のはずだ。
「スライムの膜がいいかもね」





