47話 旦那様と籠編み②
「そうよ! まさか一緒に寝るって、ただ寝るだけじゃないでしょうね?」
あうあうあー。
何も聞こえない。何も話せない。
「えーっと、今日は籠編みをレクチャーする予定だったのでは?」
頬を掻きながら小声で提案してみる。
「そうよ。でも、その前に先生のことをよく知らないとね」
「気になって、籠編みどころじゃないわけ」
「一緒に寝るってどういうことなの?」
何も話さないまま切り抜けることはできなさそう。
「一つのベッドで」
「ベッドで⁉」
「旦那様のここんところに入ったら、撫でてくださるんです」
脇を指さし、説明する。
「どんな風に⁉」
「犬を撫でるみたいに」
鼻息荒く、前のめりになっていた御婦人方が机に突っ伏した。
「ほらねー。ベテランさんは奥手だって言ったじゃない」
「手が早いなら、エミリアとどうにかなってるわよねぇ」
「昔の恋人を忘れられないのかねぇ」
「それにしたって、もう何年前よ?」
誰かが、「あっ!」と叫び、一斉に私を振り向く。
「はは……。知っていますので、お気遣いなく」
危ない。何も知らないでのこのこ来ていたら、傷つくところだった。
皆さんに合わせて、お茶を頂く。
「ベテランさんには、時間が必要なんじゃないでしょうか」
「っつっても、もう十年でしょ?」
エミリアさんがおずおずと言ったのを、誰かが受ける。
「ベテランさんのタイミングを待ってたりしたら、あっという間に爺よ!」
「ベテランさんっていくつだっけ?」
「三十五歳です」
エミリアさんが矢面に立ってくれている間に、雪玉にかじりつく。
「三十五って言ったら、うちの人には孫がいたわ」
「あんたんところは早すぎ」
「何もあんなおっさんじゃなくても、ぽこちゃんならいくらでも若いのがいるのに」
「エミリアもよ!」
「でも、ベテランさんがいいのよね。惚れた弱みよ」
惚れた弱み。本当にそうだ。
誰かを好きになることで、弱くなる部分がある。
旦那様の笑顔が見たい。美味しいって言ってもらいたい。名前を呼んでもらいたい。
したいことと、してもらいたいことが沢山あって、それに夢中になってしまう。
待つって言ったけれど、エミリアさんのようにただ待つだけじゃ、旦那様には駄目なんだ。押しかけるくらいはやらないと進まないってことだ。
雪玉をかじったせいで、粉砂糖がついた唇を舐める。
「どうしたら、旦那様をその気にできますか?」
「そうね。うちの人なら――」
流石は奥様方。手練手管の悩殺テクニックが凄い。
教えて貰いながら、そういえば、宿り木の企みでさえ、微妙にかわされたことを思い出した。
うぅぅっ、キスさえまともにさせてもらえないのに、皆さんが教えてくれることはハードルが高い!
そもそもたぬきにはわからないことが多々ある。
早々についていけなくなった私を見て、皆、諦めたような顔になってしまった。
「まぁね。普通なら旦那様に身を任せてればいいのよ」
「何でも私らに相談すればいいわ」
教会の鐘が鳴り、婦人会の皆さんは、この勢いのまま片付けをした。
結局、籠編みは材料さえ触れていない。
外に出ると、お母さんを待っている子供たちが集まって、雪合戦していた。
「おぉい。ぽこ」
「旦那様!」
旦那様が、雪玉を避けながら手を振ってくれた。
「こらっ、婦人会が終わるまでって言っただろう?」
「勝負は終わってないよ!」
待っている間、子供たちと雪合戦をしていたらしく、離してもらえない。
旦那様に連続で雪玉が飛ばされるけれど、どれも上手に避ける。旦那様が放った一撃は、子供に命中した。
「やられた!」
「何のまだまだ!」
子供たちにとって、旦那様はいい遊び相手みたいで、雪合戦は加熱し始めた。
御婦人方も防寒着を羽織って、子供たちと旦那様の雪合戦を見学する。
「勘弁してくれぃ!」
旦那様が連続で雪玉を命中させていき、子供たちからは断末魔しか出ない。
「私が相手ですよ!」
本物の雪玉を旦那様に投げながら、子供側へ参戦する。
「ずるいぞぽこ!」
雪玉を避けた動きで、新しい雪玉を投げる。
私の雪玉に続いて、子供たちの攻撃が再開する。
笑い声が響き、息が上がる。
「この二人は、まだまだ子供のようだねぇ」
誰かの声が聞こえた。





