71話 ぽこはバディ
「来たぞ!」
甘ったるい悪魔百合の臭いの中、四方から上がる藻草の煙に燻されて目が痛い。
煙の間から、大きな蜂が飛び込んできた。
剣で串刺しにすると、体液が溢れ、飛沫がかかる。
蜂の大きさは、たぬき姿のぽこよりも二回りほど大きい。
蜂の幼虫に悪魔百合の蜜を食べさせると、この大きさになると言われている。
悪魔百合は、蜜を提供する代わりに、花粉を蜂に遠くに運ばせる。
蜂と悪魔百合は共生関係にあるから、先に悪魔百合を伐採したというわけだ。
遠くで悪魔百合と蜂が繁殖する分にはいいが、人との共生のために、牛鞍岳の滝から街までの悪魔百合は伐採することになっている。
蜂特有の低音の羽音がうなりを上げる。
大きな蜂は、悪魔百合を伐採した俺に怒り狂って、煙の向こうから次々に現れる。
俺を狙う尻の針を叩き切り、返す刃で胴を切る。
中にはしぶといのがいて、上半身だけで地面で這い寄り、脚へ噛みついてくる。
硬い頭を踏み潰しながら、剣で次を両断する。
息を漏らすタイミングも与えられず、次々と新しい針が俺を狙う。
鋭利な攻撃を避けず、一匹ずつ確実に両断する。
このための全身鎧で、それは俺にとって衣服程度の負荷でしかない。
長剣の優れたところは、リーチの長さと、軽さにある。
剣舞ってのがあるが、素早く舞うようにふるえるから、蜂のように機敏な魔獣にも対応できる。
ただ切り倒すだけならいいのだが……。
先刻から少量ずつかかっている体液の飛沫は、蜂の毒だ。
一匹分なら大したことはないが、こうも数が多いと、装備の間から入り込んでくる。
肌に触れた箇所から身体が痺れ、毒が回ってくる。
「ぽこ! 毒消しを!」
打ち合わせ通り、背後から液体薬が宙に投げられ、俺にかかる。
ぽこは小さいから、俺の頭から毒消し薬をかけるにはこれしかない。
効率が悪いが、大量に荷物が持てるぽこならではの技だ。
蜂の数は多い。
興味があって養蜂家に聞いたことがあるが、一つの巣に五百から千匹いるという。
こんなのいくら切っても、どんどん湧いて来る。
煙で燻して蜂を弱らせ、長剣で取り回しがいいとしても、集中力が途切れてしまう。
油断した隙に、鎧の隙間から刺される。
刺されたところは流血し、おまけに毒まで回る。
「治癒薬と毒消し!」
これを繰り返し、辺りが蜂の残骸で埋まる頃、蜂はいなくなった。
燃え尽きた藻草から細く煙が出るばかりだ。
各種薬漬けによって、不愉快な頭が我慢ならず、兜を脱ぎ捨てて滝へ入った。
全身を滝に打たれ、勢いで汚れが綺麗になる。
顔を拭いながら、滝から出ると、ぽこが驚いた顔で俺を見ていた。
「任務完了だ……。ぽこまでひどい顔になっちまったな」
至近距離にいる俺に治癒薬を浴びせ続けたぽこにも、薬がかかっている。
綺麗な金色の髪がぺしゃんこになって、白い顔にへばりついている。
籠手を取って、ぽこの目元にはりついた髪の毛を取り、頭に戻す。
粘ついた感触に、悪いことをしたと反省してしまう。
「滝、入るか?」
「痛そうですよ」
足元の滝つぼは、でかい蜂の死骸で埋まっているから、そこで顔を拭う気にはなれないらしい。
顔を覆っていた手ぬぐいを外し、滝に突っ込む。綺麗になった手ぬぐいで顔を拭いてやると、途中でぽこが手ぬぐいを俺から取って自分で拭き始めた。
「このお仕事、旦那様が一人でしてたのでしょう?」
戦っている間、鎧の重さは気にならないのに、戦闘後は、どうしてこうも重いのだろう。
水を含んだ衣服も気持ちが悪い。
ぽこの手を取って滝つぼから上がりながら返事をする。
「新人がいないときは一人だな」
「一人だと治癒はどうするんですか?」
その辺りに転がしておいたリュックから、乾いた衣服を二人分出す。
ぽこに背を向けて、ぐっしょりと濡れた衣服を脱ぎ始めると、ぽこも俺に背を向けて着替え始めたようだ。
「まぁ、だいたいは我慢する」
「我慢?」
「我慢できなくなったら、攻撃の手を緩めて、治癒薬をかける」
何か思うところがあるのか、ぽこは含んだことがある様子で鈍い返事をした。
「今日はぽこのおかげで我慢せずに済んだ」
着替え終わったら、外した鎧をまた装備する。背負うのも装備するのも重さに変わりはない。着てしまえば少なくとも邪魔にはならない。
着替えたぽこが、濡れた衣服をリュックに仕舞って、俺の横に並んだ。
滝に当たらなかったぽこからは、まだ治癒薬を混ぜた妙な臭いがする。
ぽこは、手ぬぐいを絞って頭から被った。
顔だけが出て、ふっくらした頬と大きな目が強調される。
何かスネているらしく、頬がぷくっと膨らむ。
「……なのに」





