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たぬきの嫁入り2  作者: 藍色 紺
第7章 春の来訪者
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70話 ぽこと春の魔獣

「もう待てませんね」

「そうだな」


 クエスト屋で受付と俺が頷き合う。


 毎朝恒例のクエスト受注だが、俺と受付ならではの仕事がある。

 季節毎に行う仕事の調整だ。去年の秋にやった北の洞窟のスライム退治もそれにあたる。

 新人向けのクエストに強いと定評を持つインマーグのクエスト屋の秘訣は、新人向けのクエストをなるべくストックすることにある。

 そうそう都合よく新人が来るわけないので、手遅れになる前に俺が一人で請け負うことになる。

 そうこうする内に、スライムが腐ったりするわけだ。 なかなか加減が難しい。


「今回はオズワルドさんにお願いします」


 クエスト屋受付は、どういうわけだか俺を名前で呼ぶようになってしまった。

 嫌ではないが、慣れなくてこそばゆい。


「俺からの提案だが、ぽこにバディを頼みたい」


 俺の隣で、眠そうにしていたぽこが、名前を呼ばれて弾かれたように背筋を伸ばした。

 昨日は、急な手紙を隣村に届けねばならず、家に帰ったのは夜中だったから、待っていたぽこも疲れているのだろう。


「バディ⁉」

「バディですか?」


 ぽこと受付の疑問が重なった。


「ぽこは荷運び人として登録してるが、治癒薬をぶっかけて欲しいって話だ」


「ぽこちゃんの位置取りは?」


 受付の声色が真剣なものに変わった。

 治癒士の技の殆どが魔術である理由は遠方支援ができることに尽きる。

 安全を確保できるから可能な仕事だから、ぽこの位置は大事というわけだ。


「基本は俺の背後」

「物理的に治すわけですね。治癒役が必要なら、ウシュエさんの方が適切では?」


「ウシュエは緑屋敷から出てこないだろう。今後、俺にサポートが必要になったときに、息が合ったやつと組みたい。そのために、ぽこを育てたいって話だ」


 荷運び人としての仕事だけより、俺のバディとして働けるようになれば、ぽこと一緒にできる仕事は増える。俺としても、治癒役がいればできる仕事の幅は広がる。お互いにいい条件のはずだ。

 仕事量を増やしたい。

 起こされた熾火は、将来のための金なのか、それとも、盾役としての闘志なのか。


「やりたいです!」


 ぽこの意欲的な返事に、受付役は思案顔だ。

 クエスト屋ってのは、案外お役所仕事な部分があり、成功の見込みがなければ仕事を割り振らない。月のクエスト数と、成功率は王都で管理されている。成功率の差で、彼らの給与は決まる。

 今回の仕事は、俺一人でもできるのに、人員をもう一人割いたとなると、何かの率が落ちるのだろう。


「当面は、俺が個人でぽこを雇う。これなら問題ないな?」


 クエスト屋受付は反対する理由がなくなり、書面にバディぽこと書き込んだ。



  ❄



「ずいぶん重装備ですね? それに、嬉しそうです」


 牛鞍岳への途中にある滝を目指して、丘を登る最中に、ぽこが声をかけてきた。

久しぶりの全身鎧に身が引き締まり、気分が高揚する。


「あぁ、気分がいい」


 放牧された牛が草を食み、長閑な風景が広がり、俺の装備はぽこの目に奇異に映っているらしい。


「蜂の駆除なら、養蜂家の仕事なのでは?」


「普通の蜂ならそうだ。魔獣なら俺の仕事」


「そもそも、魔獣と獣の違いって何ですかね?」


「魔力を持ち、人に害するもんかどうかだ」


「人に害……」


 口にしたことはないが、ぽこの化け術を見てから、たぬきは俺の中で魔力のある獣だ。人を化かしたり、食べ物をちょろまかす程度なら人の害ではない。

 これが、人間を襲うようになれば魔獣認定されるだろう。

 多くの魔獣は、通常の獣より大きいのも見分け方の一つになる。ここからも、たぬきはただ魔力のある獣だと思うことにしている。


 そうこう話している間に、目当ての滝にたどり着いた。

 滝から水しぶきが上がり、二連の滝つぼに雪解け水が落ちる。

 他よりもいくらか寒く、清涼な空気に甘い香りがする。


 滝つぼの周りには、白く大きな花が大量に咲いている。

 ここらで悪魔百合と呼ばれる花で、俺の腰までの高さ、六つの花弁が反り返り、重みで茎全体が弓なりになっている。その大きさは、人の頭に乗せれば帽子と言えるほど。

 滝全体に広がるむせるような甘い香りの正体は、悪魔百合だ。


「くちん!」


 ぽこが立て続けにくしゃみをした。

 手ぬぐいを二つ出して、片方をぽこに渡して、俺も鼻と口を覆うように顔に巻いた。


「この花粉が厄介でね」


 腰から手斧を取り出して、しぱっと茎を切って地面へ花を捨てる。

 

「ぽこも手伝ってくれ」


 ぽこが事前に渡した小型の(なた)を振るう。

 一発で切れずに、花が揺れて、花粉が爆発した。

 黄色い粉が白い花弁から噴き出し、ちょうど前にあったぽこの右脚が黄色く染まった。

 次の一撃で茎が切れた。


 ぽこに見せるようにゆっくり手斧を振るう。

 ぽこが見様見真似で鉈を降ろしたら、今度は一発で切れた。


「よし、その調子だ。太陽が上がり切るまでに、なるべく沢山切ってくれ」


「全部切っていいんですか?」


「この時期に全部切っておかないと、街まで種が来ちまうからな。全部切っても、また咲く。こいつを滝から出すとマズイ」


 ぽこが滝周りにある悪魔百合の数を見て、無言になった。

 遠くで眺めるなら美しい花でも、全部切り倒す仕事となれば、量が多い。


 春恒例の仕事の一つが、悪魔百合の伐採だ。

 この程度なら、農夫でもできるのだが、冒険者のクエストになるには理由がある。


「時間だな」


 太陽が一番高く上がったのを、手でひさしを作って確かめる。ぽこも同じように太陽を見た。腰を軽く叩く。ずっと中腰だったから疲れたらしい。


「ん? 何か羽音がしますよ」


 手斧を握り直して、残っていた悪魔百合七本を一気に片づけた。


「ぽこ、毒消し薬と治癒薬の用意! 俺の背中から出るな」


 ぽこの腕を取って滝つぼの中に入った。滝を背にして、滝と俺でぽこを挟む。

 手斧から、長剣へ持ち変え、用意してあった藻草に火をつけて、滝つぼの四方へ撒いた。


「なっ何ですか⁉」


「来たぞ!」



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