69話 ぽことラベンダー
昨夜はレナのせいで、ぽこの態度がよそよそしかった。
全く、いらぬことを吹き込んでくれたものだ。
責めてくれるなら、全くの誤解だと言えるのに、ぽこは何も言わなかった。
ぎこちない雰囲気のまま、朝から大工が来た。
「増築ってどこっすか?」
「ここだ。ベッドが一つ置けて余裕があるくらいの部屋にしてくれ」
大工が大きさや壁の状態を確認する。
「増築って?」
ぽこが俺の袖を引っ張る。
「あぁ、言ってなかったな。ベッドが二階の一つじゃ、問題だらけだろう?」
ぽこが手を離す。
「材料にこだわりはあるっすか?」
大工が話しかけてきて、ぽこに背を向けて増築の相談になる。
「柱入ってませんし、一か月かからないっすね」
「そりゃいい。よろしく頼むよ」
快諾した大工を見送ってから、自分でももう一度長さを測る。
「元々、家を建てるときから、増築を考えて設計したのさ。まさか今になって必要になるとは思わなかった」
顎鬚を撫でながら、心の中で、かつての自分たちに賞賛を送る。
「ぽこ用の部屋ですか?」
「ん? あぁ……」
ぽこ用の部屋となれば、もう一部屋か?
しかし、抜ける壁は一つの予定で、もうない。納屋を部屋に仕立て直して、納屋を庭に立て直すってことになってしまう。
あぁ、二部屋増えるのは考えなかったな。
インマーグの家は、もしやこれを想定しているのだろうか?
インマーグの街の住居は、どれも大きい。家の人数よりも多くの部屋があるし、一部屋が広い作りになっている。暖房効率は悪いように思うが、そういう土地柄なのだ。
ぽこからの思わぬ言葉に思考を巡らせていると、時鐘が鳴った。
「うん? こりゃいかん。仕事に遅れちまう」
ぽこの頭を一撫でして、大急ぎで家を出た。
ぽこが不安そうな顔をしているのが見えたが、仕事が優先だ。
❄
その日は、運良く仕事が早く片付いた。
手間がかからない仕事をもう一件受けるのが、ここ最近のスタイルだが、ぽこを思い出して帰ることにする。
予定より早く帰宅した俺を見て、ぽこは籠を編む手を止めて、立ち上がった。
頬が赤く染まり、目が輝く。
帰ってくるだけで喜んでくれるのが嬉しく、照れ臭い。
「どうしたんですか? 今日はお仕事終わりですか?」
「早めに切り上げてきた」
ぽこが不思議そうに俺を見上げる。
今朝撫でられなかったぶん、わしわしと頭を撫でる。
「ぽこが家のことをしてくれるのに甘えちまってるから、自分でしようと思ってね。ぽこは好きなことをすればいい」
「ぽこは、旦那様と一緒にいたいです」
鍋を見たら、夕食の仕込みが終わっている。掃除も終わり、洗濯は干されている。
家事は全て終わっていた。
何をしたらぽこが喜ぶだろうか?
一緒にいたいと言われても、毎日一緒にいるのにどうしろというのだろう?
「じゃあ、ハイキングでもするかい?」
腕にしがみついてくるぽこと外に出て歩き出す。
「丸湖様コースと雪ケ谷連峰コースならどっちだ?」
「丸湖様コースにしましょう! とっておきの場所をお教えしますよ」
ぽこが先だって歩くのを追いかける。
山も日陰を残して雪は解けてしまい、淡い黄緑色の新緑が眩しい。
陽射しが温かく、歩くと汗ばむくらいで、冷たい風が気持ちいい。
絶好の散歩日和だ。
ぽこが教えてくれた場所は、ラベンダーの群生地だった。
見事な紫色の絨毯に目を細め、近くの岩に腰を下ろす。
ぽこは、たぬき姿になってラベンダーに飛び込んだ。
姿は見えないが、揺れ動くラベンダーでぽこの位置が分かる。
とことこ歩いているのが、突然走り出し、しまいには飛び上がった。
何だ?
揺れるラベンダーが急に静かになる。
そこから、ぽこが顔をひょっこり出して、俺の位置を確認した。
頭がまた引っ込んだかと思えば、ラベンダーが一直線に揺れて、群生からぽこが飛び出してきた。
「旦那様! 見てみて!」
もごもごとぽこが話しかけてきて、ぺっと口から何かを吐き出した。
小さな薄緑色のカエルが地面にへばりつき、急いで逃げようと跳ねる。
ぽこは、それを真似してジャンプした。
「ケロケロケロ~♪」
カエルは必死に逃げ出し、ぽこは大喜びで後を追う。
無邪気なもんだ。
まるで幼い娘のやんちゃを見ているようで、微笑ましい。
「ぽぉこ」
離れていたぽこを呼べば、走り寄って来る。
両手を差し出したら、いつものように腕に飛び込んできた。
金色の柔らかい毛から、ラベンダーの香りが漂う。
ぽこは、俺の腕に顔をこすりつけて目を細めた。
散歩の帰りは、腕にたぬきを抱いて帰る。
「子供みたいだな」
「湯たんぽから昇格しました」
子供かもしれないが、何か堪えているような表情が気になる。
時間を取って一緒に過ごしても、言葉に出されなければわからない。





