67話 ぽこの理想
街外れに近づき、歩調を緩めるとぽこが追いついて来た。
どこの家からか夕食の香りが漂ってきて、余計に腹が減る。
仕事終わりの待ち合わせで、いつもより帰る時間は遅いくらいだ。
「衝撃的でした」
心配していたレナの居場所がわかって、ぽこは安心したらしい。
レナが男受けすることをどう思うのか問われずに、俺も安心する。
「どうしてパン屋なのかしら?」
「さぁな。たまたまじゃないか?」
ぽこと並んで帰りながら、先刻見た人だかりの中のレナについて話がはずむ。
「何も黙っていなくならなくってもいいのに」
「俺が寝込んじまったから、責任を感じてるんじゃないか?」
「なるほど。だから住み込みってわけですね」
ぽこを訪ねて来てくれた親戚を、住み込みで働かせてしまう己の度量の狭さを感じる。
若い頃はあの程度で風邪などひかなかったのに、寄る年波には勝てない。
「レナが楽しそうで良かった」
「確かに活き活きしてたなぁ」
うちでぽこ相手に話しているより、大勢に囲まれているレナの方が血色がよかった。
「旦那様のお気に入りのお店じゃなくてよかったですね」
ぽこの言葉に頷く。
この街にパン屋は三軒ある。混雑しているのが俺の行きつけでないことに安堵してしまう。
あんな中、買い物に行くのはうんざりしちまう。
「あら、オズワルドさんにぽこちゃん、こんばんは」
前から来た人から声をかけられた。
誰かと思えば、クエスト屋受付だった。犬を連れているから散歩でもしていたのだろう。
そわそわとぽこが俺の背に隠れる。
犬が鼻息を荒くして前のめりになるのを、クエスト屋受付が強く引っ張る。
「明日は、ハイインマーグへの荷運びを片付けるよ」
「はい。ご用意しておきますね。あちらの荷物の配達ですが――」
クエスト屋には、なるべく仕事を回して貰えるように言ってある。
業務連絡をしていたら、クエスト屋の犬がぽこに飛び掛かった。
声にならぬ叫び声をあげて、ぽこが俺の背中に飛び乗った。
驚異的なジャンプ力に犬が興奮して吠える。
瞬間の出来事に、俺とクエスト屋受付が話を忘れてしまった。
「ぽこちゃんごめんね」
クエスト屋受付が、騒ぎ立てる犬を引っ張って行き、見えなくなって、ようやくぽこは俺の背中から降りた。
ぽこの足元に、落ち葉が広がり、不自然に膨らんでいた胸が萎む。
ぽこは顔を手で覆って、今度はしゃがんでしまった。
レナが来て以来ずっと、ぽこの胸は大きかった。
「ぽこ」
優しく呼びかけても、ぽこは首を振って立ち上がろうとしない。
「ぽぉこ」
もう一度呼んでみると、今度は反応があった。
「化け術を使った姿って、それぞれ違うんですよ」
「そのようだ」
ぽこは背が小さい。ジョアンは細いが筋肉質だし、目の周りが窪んでいる。レナは男が夢中になるような見た目だ。
「どうせ化けられるなら、理想の自分になりたいって思うのが、たぬき心ってものですよね」
「それは俺にはわからん」
「そういうものなんです!」
ぽこが顔を赤くして立ち上がった。なぜか怒っているようだ。
ぽこの服から、追加で落ち葉が出てくる。
どんだけ入っていたのやら。
「理想の姿に化けるためには、追加の化け術が必要で、安定させるには集中力が必要なんです」
なるほど。
ぽこの理想の姿は、今より胸が大きいらしい。
それが、犬のせいで化けの皮が剥がれたと言いたいのだろう。
「ただでさえぽこは不利なのに、どうすればいいですか?」
「何が?」
「ぽこは、旦那様に追いかけて欲しいです!」
ついこの間、置手紙をしていなくなったのは誰だったか? 俺がどんな思いをしたと?
声に出かけて留まる。
「お子様を追いかける趣味はない」
ぽこの頬が膨らむのを指で突く。
「この際、はっきりさせておきましょう?」
小さな唇から息が抜けた後、ぽこが勢いづく。
「旦那様はどんなのが好みですか?」
ぽこを脚のつま先から頭の耳までじっくり眺めると、ぽこは身体を一回転させた。
片眉を上げるだけで、歩き出す。
「全然わかりません!」
何やら騒ぎながらついてくる。





