66話 ぽこと待ち合わせ
本当なら、風邪で医者を呼んだりはしない。
寝てれば治る。
今回は、ちょっと時間がかかった。そのせいで、ぽこが不安になり、医者を呼ばざるを得なくなってしまった。
医者は、ただの風邪だと宣言し、寝ていれば治ると言った。
だが、ぽこが帰さないので、仕方なく煎じ薬を置いて行った。
その結果、出された煎じ薬を飲み下すのを、毎食後ぽこに見張られている。
おちおち風邪もひいていられない。
「そういえば、昨日、仕事帰りにレナを見かけた」
「レナを? どこにいましたか?」
ぽこが俺を看病している間に、レナはどこかに消えてしまったらしい。
俺に報告したときのぽこは、少し寂しそうだった。
「言うより見た方がいい。明日、仕事終わりに市場に行こう」
ぽこは今すぐ知りたそうだったが、我儘を言わず、籠編みに戻った。
❄
クエスト屋でぽこと待ち合わせした。
「今日の仕事は何でしたか?」
朝一番にクエスト屋に行き、仕事を確かめる。
一緒に行ける仕事でなければ、ぽこはその足で籠を粉屋に納品して、自宅で籠編みや畑仕事をするのが、最近の俺らの生活リズムだ。
「北の洞窟を知っているだろう?」
「初めて一緒に仕事をしたスライム退治の洞窟ですね」
ぽこの言葉に返事しながら、クエスト屋所長と受付に会釈をして、外に出る。
ぽこは俺の後を追いかけてくる。
「そこに氷を入れる仕事だな。このくらいのサイズに氷を切り出してから運ぶのだが」
手で大きさを教えながら、市場へ進む。パン屋に人だかりができていて、会話が途切れた。
「こんな時間に何でしょうね?」
焼き立てパンが出るのは、朝と昼、昼過ぎの三回。夕暮れ近くにパン屋に人が集まるのは珍しい。
インマーグの街に住む人だからこそ知っていることを、ぽこが知っている。
すっかり人間の生活に慣れているのだ。
「もしかして、レナが関係しているんですか?」
レナの居場所を教えるために、待ち合わせをしたのをぽこが思い出したらしい。
ぽこが小さな顎に手を置いて、人だかりを観察する。
「並んでいる人、みんな男の人ですね。何も買ってるようには見えませんよ」
「明日のパンを注文してるらしいよ」
立ち止まった俺たちに声をかけてきたのは、いつもの八百屋の親父だ。
「こんばんは」
「こんばんは。ぽこちゃんはいつも可愛いねぇ」
にこやかに挨拶を交わし、そこに手を振りながら八百屋の娘も加わる。
「えぇっ⁉ レナ⁉」
野郎どもの真ん中で、注文書を書いていたレナが、ぽこの声に気づいた。
大きく手を振ると、野郎どもの山が二つに分かれて道ができる。
「あたし、ここで働いてんのー!」
遠くからレナのしゃがれた低い声が響く。
「働く? レナが?」
「住み込みよー!」
ぽこの言葉はレナには届かず、レナは再び大声を上げた。
野郎どもの内の誰かが、「レナさんとぽこちゃんってどういう関係?」と質問する。
「従姉妹よ」
返事をして、何か小さく動くと、野太い歓声があがる。
おそらくウィンクとか投げキッスとか、そういう類のことをしたのだろう。
ぽことレナを結んでいた道が消えて、レナの言葉に一喜一憂するのが再開された。
「従姉妹⁉」
こっちはこっちで、八百屋の親子がぽことレナを見比べた。
「似てないでしょ」
ぽこが頬を人差し指で掻いた。
「あっちが上手ね」
八百屋の娘が腕組みして、苦々しげにレナの方を見た。
「連日の人だかりで、他の店の邪魔になるから参ってるんだよね」
八百屋の親父の言葉を聞いて、娘が鼻から荒々しく息を吐く。
どうやらこの二人はレナ派ではないらしい。
「うちのおにーちゃんもあの中に入ってるんだから、本当、嫌になっちゃう」
八百屋の娘の文句が続く。
「お母さんが買ってきたパンの他に、おにーちゃんが買ってくるから、毎日パンだらけよ」
パン屋は男一人でも入りやすいし、高くもない。レナを囲む男たちは日参しているのだろう。
「本当、見る目がないんだから」
「レナちゃんは、男心がわかってるからねぇ」
店じまいをしながら、八百屋の主人が呟いた返事に、娘が食いつく。
「胸と尻が大きい他に何があるっていうのよ?」
八百屋の親父は、娘に「言葉に気をつけなさい」とたしなめた。
「男は、追いかける生き物だからね」
追いかける? と娘とぽこが復唱する。
「好きになられるより、好きになった方が燃えるんですか?」
ぽこの言葉に八百屋の親父が呑気そうに肯定する。
「ぽこは最初っから詰んでるじゃないですか!」
「押しかけてる内は駄目なんじゃない?」
娘がぽこに言い放った。
「旦那様ぁ」
ぽこの情けない声を後ろに聞きながら歩く。
何だか怪しい話題になってきたから、いち早く帰途に着いたのだ。
「やだ、待ってください!」
追いかけてくるぽこを、八百屋の親子が笑う。
「ほらほら、追いかけてる内は脈ないってこと」





