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たぬきの嫁入り2  作者: 藍色 紺
第7章 春の来訪者
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65話 旦那様と風邪

 目覚めると、レナの長い髪が見えた。


 ほんの僅かばかり寂しい。

 朝一番に見えるのは旦那様がいい。


 そう思って、すっかり我儘になった自分に驚いてしまう。


 久しぶりにレナに会えたのも、里の様子を聞くのも嬉しかったのに。


 早く会いたくて、急いで一階へ降りる。

 毛皮上にキルトを敷いて、羊毛の防寒具を被っていても寒いらしく、大きな身体を縮こまらせて寝ている。


「旦那様、朝ですよ~」


 揺り動かしながら、くんくん匂いをチェックする。

 毎朝している健康チェックだ。旦那様にはバレてないけれど、知られたら嫌がられると思う。


 あれ? ちょっといつもと匂いが違うかも。


 旦那様は声を出せず、僅かに呻いただけだった。目は薄く開くだけで、腫れぼったい。


「旦那様?」


「か……ぜ」


 すぐに激しく咳き込む。


「風邪⁉」


 旦那様の額に手を当てたら、凄く熱かった。

 そういえば、さっき揺り起こそうとしたときも違和感があった。


「旦那様、どうすればいいですか?」


 質問しても、旦那様からの返事はなかった。

 苦しそうに小さく呻き、眠ってしまう。


「どうしたのぉ?」


 朝寝坊のはずのレナが二階から声をかけてくれた。


「旦那様が風邪ひいちゃったんです! どうすればいいの⁉ 熱が高いんです!」


 悲鳴のような声が出てしまい、レナが起き上がって一階に降りてきてくれた。

 旦那様の熱を確かめる。


「わかんない。人間ってどんなもん?」


「いつもより結構高いですよ!」


「――。とにかく、ぽこは落ち着きなさいよ」


 長い髪をかき上げて、レナが眉間に皺を寄せる。

 気だるそうな姿は、こんな時でも色っぽい。


「そうね。あたしたちならとにかく寝るわよね。そんで食べる」


「温かくね!」


 外に飛び出し、薪を持てるだけ持って部屋に戻る。

 火を起こし、室内を温かくする。


「食べるもの。昨日の残りと、他に……」


 料理をしようとしたら、水瓶の中が少ない。

 大慌てで料理に使う分だけ水を井戸から汲み、ようやく香味野菜と鶏肉のスープを作る。これなら具材が溶けてしまうから、飲みやすいはずだ。


「目が覚めたみたいよ」


「旦那様!」


 寝ていた旦那様が、身体をゆっくり起こした。

 めまいがするのか、頭に手をやり、落ち着いた頃に立ち上がろうとして、よろめいた。

 壁に背をぶつけて止まる。激しく咳き込んだ。


「寝ていた方がいいですよ」


 旦那様は声を出さずに頷いた。


「あたしたちがベッドを占領したからね……。今からでもベッドで寝た方がいいかしら?」


「でも、旦那様は動けませんし……。そうだ!」


 巾着から風呂敷を出して、熊を背負ったときのように旦那様を包む。


「や……やめてくれ」


「大丈夫です。ぽこが力持ちなの知ってるでしょう?」


 先祖伝来の風呂敷は、化け術で作ったただの偽風呂敷ではない。秘伝の化け術を施しているから、風呂敷に包めば重さが劇的に軽くなる。


 難なく旦那様を風呂敷で持ち上げて、二階のベッドへ運んだ。

 後からキルトを抱えたレナが上がって来て、ベッドを整えてくれた。

 キルトの上に、風呂敷ごと旦那様を降ろす。


 旦那様は、安心したようにベッドで横になった。


 また熱が上がったみたいだ。


 上掛け布団をかけて、大慌てでスープを椀に入れて持って上がる。

 匙でスープをすくったら、旦那様は素直に一口啜った。


 唇が割れ、白目が血走っている。

 旦那様は、スープを一口しか飲まなかった。


 首をふって、また寝てしまう。


 食べられないんだ……。


「寝たら、きっとよくなるわよ」


 レナの声が優しくて、血の気が引いた。

 ママが病気になったとき、その言葉はお兄ちゃんたちから嫌ってほど聞いた。


 ただの風邪、寝てたらよくなる。


「念のため言うけど、おじさんは本当に風邪だと思うわよ?」


 レナと視線を合わせる。レナがゆっくり頷く。

 鵜呑みにすることはできない。私たちたぬきは涼しい顔をして嘘をつく生き物だ。

 自分で考えねばならない。


 どうしたらよくなるだろう?


 それから、思いついたことなら何でもやってみた。


 お兄ちゃんたちが、元気がないときに毒蛇の黒焼きを食べていたのを思い出した。

 雪解けが始まったばかりで、見つかる可能性は低い。それでも、探しに行った。

 たぬき姿で蛇が越冬していそうなところを掘るけれど、どうしても見つからない。

 家では旦那様が苦しんで待っていると思えば、時間をかけるわけにもいかない。


 そうだ! ウシュエさんなら持ってるかも!


 ウシュエさんを訪ねて、理由を話した。寝かせておけと言われたけれど、どうしても欲しいと粘って、毒蛇の干物の一部を買った。

 目が覚めた旦那様に乾燥した毒蛇の尻尾を差し出したら、無言で押しのけられてしまった。

 食欲がないから?

 仕方なく、旦那様のためのスープに粉にして入れる。

 これなら、飲めるようになったときに摂取できるだろう。



 旦那様をベッドの隣に置いた椅子の上で、じっと観察する。

 うなされながら寝ていて、汗をいっぱいかく。

 ぐっしょり濡れた服を取り替えたり、額に当てた水に濡らした布がぬるくなったら、また冷たい水で洗ってから戻したりを繰り返す。


 旦那様が、壁に向いてしまった。

 さっきまで、息をするたびにひゅーひゅー鳴っていた音がしなくなった。

 息をしているのか不安になる。顔が見たい。

 横向きになっている旦那様の身体をゆっくり仰向けに転がすと、さすがにこれは目が醒めてしまった。

 細く開けた目で、怪訝そうに私を見る。


「ごめんなさい。顔が見たくて……」


「横向きだと息が楽でね」


「あっ……」


 手を離すと、旦那様はまた壁側に横向きになってしまった。


 最低限の家事をしながら、旦那様の隣で息を潜めるように過ごして二日経った。

 まだちっともよくならない。


 レナは、初日に毒蛇狩りに出た隙に、どこかへ行ってしまったままだ。


 幼い頃に、寝込んだママの隣で過ごした日々のことばかり思い出してしまう。


 堪えきれなくなって、泣き出してしまう。


「ぽこ」


 がらがら声の旦那様が、手だけで私にこっちにおいでと合図した。


 ベッドに腰掛け、旦那様が私の腕を引っ張るままに身を旦那様に寄せる。

 旦那様にしがみついて、ひとしきり泣いた。

 その間、ずっと旦那様は、ゆっくり頭を撫でてくれた。


「後、どのくらい寝たらよくなりますか?」


 旦那様が首を振った。


「不安で胸が潰れそうです。どうしたらいいですか? 何をしたら治りますか?」


 何だって試してきた。

 それでもダメだった。


 旦那様とママが重なる。


「医者を呼んできてくれ」


「お医者様⁉ どこにいますか⁉」


 旦那様の身体から飛び起きる。


「街に行けばわかる」


「すぐです! すぐですよ! 待っててくださいね!」


 たぬき姿になって、家から飛び出す。

 人間姿だと通れない獣道をたぬきなら通り抜けられるから、早い。


 そうだ! 人間にはお医者様がいる!


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