64話 ぽことベッド問題再び
ぽこが階段梯子の最後三段を残して、俺の背中に飛びついて来る。
仕方なくおぶったまま、レナに話しかける。
もうぽこに誤解されて機嫌を損ねるのは面倒で嫌だ。
「ところで、寝床だが、ぽこと二人で二階を使ってくれ」
「旦那様はどうするんです?」
背中に額を擦り付けていたぽこから質問が上がった。
俺の目の前で、レナが大きな目をさらに丸くしている。
夫婦を語るぽこだが、実際には娘のような甘えぶりだから、驚くのも無理ない。
俺がもっと若ければ、鬱陶しがったかもしれない。
「一階で寝る」
ぽこが背中から降りて正面に回る。
「私たち、いつもこの話で揉めますね」
私たちと来ましたか。
俺は、誰かと関わる生き方をしていない。よって、ベッドは一つで足りたのだ。
俺を訪ねてくる数少ない者は、俺の暮らし方を知っているから、街に宿を取るか、床で寝るかの二択を嫌がらない。
「あんたたちって、いつもどうやって寝てるの?」
「ぽこがたぬきに戻って一緒に寝てます」
レナが俺を妙な目で見上げる。
「たぬき姿でシてるの?」
二階でぽこと仲直りしたわけだが、その最中にぽこは胸を大きく膨らませている。
きっと俺のためにやったと思われているだろう。
その上、こんな誤解をされてしまった。
言い繕えば、余計に墓穴を掘るだけだろう。
たぬきたちの早とちりには辟易する。
「あたしは納屋で寝るわ。ぽこ、落ち葉を出してよ。あたしの手持ちだけじゃ足りないわ」
「納屋?」
いくらなんでもお客様に納屋で寝ろとは言えない。
「あたしたち狸は、自然界じゃ穴で寝起きするのが普通なの。だから、納屋なら問題はないし、落ち葉のベッドでも作れば、上等よ。あたしは客かもしれないけど、基本たぬきなんだし、気にしないでいいわ」
二階での話し合いは、レナに殆ど筒抜けだったらしいと気づいて、居たたまれない。
ぽこは、なぜだか了承しなかった。
もう俺が原因のわだかまりはないはずだ。
「三人で寝るなら、あたしは人間姿のままがいいんだけど?」
「それは駄目」
即答して、ぽこがレナを納屋へ案内するのについて行く。
片付いてはいるが、客を寝かせるような場所ではない。
レナが空いた木箱を逆さにして、中からゴミを出し、空になったところに腰の巾着から落ち葉を出す。宣言通り半分の量しか落ち葉はなかった。
レナがぽこを肘で突き、落ち葉を催促するが、ぽこは出せないでいる。
落ち葉コレクションを並べるのが好きなぽこの背中を思い出した。
俺にはわからない微妙な差で細かく分けられたコレクションだ。
自分で使うのと、レナにせっつかれて出すのとでは違うのだろうと思い当たった。
「やはり、二階のベッドを二人で使ってくれ。大切なお客様をここで寝かせるわけにはいかない」
「あら、いいのよ。あたしたちにとっては落ち葉の方が落ち着くものだし」
レナはレナで、譲らない。
勘違いしていると言い訳したいが、ぽことどういう関係なのか、説明するのだけは御免こうむりたい。
「何、ぽこの葉っぱコレクションは、俺のお気に入りでね」
ぽこが俺の脇から腰に抱き着いて来る。
「旦那様!」
「はいはい」
頭を鷲掴みにして引きはがして、納屋から出る。
あれこれ揉める前に、実力行使だ。
どういうわけだか、ぽこはレナと俺の板挟みになって、たぬきとたぬきの化かし合いができないらしい。
ぽこのレナへの被害者意識をひどくさせるより、事情を知る俺が間に入るべきだろう。
母屋に戻る際に、夜通し燃やす用の薪を手に取る。
母屋の中は、納屋とは雲泥の差だった。温かく、生きた心地がする。
握り拳の大きさの石を暖炉に放り込み、焼く。
焼いた石を抱いて寝れば、長時間温かい。
「せめてキルトだけでも持ってきますね」
ぽこが止める暇なく二階へ上がっていく。
毛皮の敷物の位置を暖炉側にずらしていると、レナが逆側を持ち上げてくれた。
「ぽこは、まるで子供みたいね」
「そうだな」
背中におぶらされたり、抱きついて来ることを言っているのだろう。
「ぽこは、ドン・ドラドにもあんな風に甘えたりしなかったわ」
キルトを取るだけのはずが、何か思いついたのか、物音はするが降りてこない。
「ぽこは辛抱強く、我儘を言わない子だった。あなたが変えたのね」
レナの視線が鋭く俺に刺さる。
悪いことはしていないはずなのに、罪悪感を感じさせられる。
「俺ぁ、何もしてないがね」
「あたしのやり方だと、ぽこを傷つけることの方が多いのは知ってるわ」
全て自分のしたいようにしている印象のレナだが、ぽこのことになると不器用なのか、裏目に出てしまうようだ。
「旦那様! 受け取ってくださいね!」
二階から丸められたキルトが落とされる。追加でぽこにやった羊毛の防寒着を渡された。
「袖のところは、ちょっと時間がかかっちゃうんですけど、丈は元に戻したので、身体にかけられると思います」
「ありがとよ」
ぽことレナを二階に見送り、毛皮の上にキルトを敷いた。
暖炉に放り込んだ石を取り出して、ミトンに包む。それで暖を取りながら、羊毛の防寒具を羽織った。
その夜、遅くまでぽことレナは小声で話していた。





