61話 旦那様と従姉
「腕を放してやくれませんかね」
レナが旦那様の腕を放して、髪を耳にかけた。
仕草がいちいち色っぽくて、イライラしてしまう。
レナは私の二つ年上の従姉で、要領がいい。
二人でお手伝いをしていても、レナは大人がいないときは仕事をサボる。大人が来たら、私がやった仕事を自分の手柄にして褒められる。
私が欲しい物は、昔からレナが横からかっさらっていった。
旦那様だけは、渡したくない。
ぎゅうぎゅう腕に抱きつくと、旦那様は私を見て短くため息をついた。
あ、腕を放すのは私も一緒なのか……。
泣きたい気持ちを抑えて、旦那様から離れる。
レナが抱きつけば、大きな胸の谷間に腕が挟まれる。でも、私のじゃできない。
雄は、子を沢山産める雌を好む。
レナと自分の見た目の違いにも嫌になる。
そういえば、ジョアンが旦那様を騙すために化けた人間の女の人も、胸が大きかった。
「私、家出娘じゃないわ」
レナに勝てる部分を探して、何も思いつかず、やっと出た反論がこれっぽっちだ。
「あぁ、ジョアンの話は聞いたわよ。でも、あたしは騙されないわ」
「別に騙してないもん」
「そう? ジョアンの様子がおかしいから、ちょっと突いてみたら、すぐにゲロったわよ。ぽこが人間の男と暮らしてるってね。いいのかなぁ? 人間にあたしたちが化けられることをばらしたりしてさぁ」
最後の部分はこそこそ話のように小声だった。
言い訳できずに、困る。
レナに口で勝てるわけない。
「心配せずとも、誰にも言わない」
やっぱり旦那様だ。
言わずとも通じるとは、夫婦っぽくて素敵。
「そうだよね。ばけ狸に言い寄られているなんて、頭がおかしくなったのかって思われちゃうもんね。言わないほうが身のためよ」
「レナは旦那様に対しても失礼すぎるよ!」
本気で怒っているのに、レナは悪びれもせずに、続ける。
「あぁ! それとも、この男を化け術で骨抜きにする作戦なの? それなら、あたしが協力したげるわ」
ちらっと旦那様を見ながら、わざと聞こえるように言う。
レナの唇の端が上がった。
「違うってば! ぽこは人間になって、旦那様をと本物の夫婦になるの!」
レナが驚いた後、笑い出した。
やっぱり、私を困らせて喜んでいる。
「そんなことできるわけないじゃない。相変わらず夢見がちなのね。やっぱりあんたにはあたしが必要よ」
「おばぁの昔話にあったでしょ。人間になったたぬきの話をレナも一緒に聞いたじゃない」
「あんなの子たぬき用のおとぎ話でしょう?」
「そんなこと!」
旦那様を見る。旦那様も、種族変更の薬なんてないと思っているだろうか?
そんなわけない。
私が人間になったら、たぬき姿が見られなくなるのが嫌だって言ってくれたもの。
「信じてくれなくってもいいわ。これはぽこと旦那様の問題で、レナに関係ないもの」
レナの瞳孔が小さくなった。
怒っているのだろう。
「あんたがそのつもりなら、あたしにも考えがあるわ」
腕組みをして、ふんぞり返る。
「ドン・ドラドに言って、無理やり連れ帰ってもいいのよ」
「それだけは駄目!」
里の長であるパパは、身内には優しいけれど、敵に容赦はない。
隣の里がうちの里の領地をちょろまかそうとしたとき、血で血を洗う抗争になった。
人間と取引をしたときも、納得いかない相手なら、歓待と称して招待し、まずは風呂にでも入りなさい。次は全身の毛を剃りなさいとかうまいことを言って、最後は魔獣に食べさせようとした。
パパに歯向かう者は徹底的に駆除される。
「そうでしょう? あんただって、ドン・ドラドにバラされたくないわよね」
どうしたらいいの?
「俺は、ぽこの父親にバラされても困らないがね」
旦那様の言葉に驚いてしまう。
「言いたければ言うがいい。レナさんが来たのは、それが目的かい?」
今度はレナが黙った。
「ぽこ、帰るぞ」
旦那様に促されて、歩き出す。
レナは、何も言わないまま、私の隣を歩く。
「たぬきってのは、どいつもこいつも押しが強くていかんねぇ」
旦那様の呆れ声に、レナが私の顔を見た。
「ぽこの押しが強い?」
いつだって押しが強いのはレナで、私はそのおまけだった。
言われてみれば、レナっぽいことをしているのかもしれない。
レナがぐるりと大きな目を回す。
どちらともなく、小さく笑い出し、里でいるときのように手をつないで歩き出した。





